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【ゆっくりゆっくりと歩く】

 鶴見がいなくなって、アイヌ金塊争奪戦も終わりを迎えた。
 そんな最中、鯉登は連日のように顛末の後始末に追われていて少々、疲れを感じていた。
 こういう時は、月島を頼るに限る。
 現在交際中である想い人は、思ったよりもずっと一途で、そして優しかった。鶴見がいた頃も付き合ってはいたが、どこか突き放したようなところがあって鯉登としても少しの淋しさを抱えながら傍に居たが、鶴見が居なくなってからというもの、月島の気持ちにも何か変化が起きたのだろう、鯉登に対してだけは、甘えてみせたり実際、甘えさせてもくれる。
 もはや月島沼にどっぷりの鯉登だ。
 書類を前に自室にてテーブルセットの一席に座り、月島の笑顔を思い浮かべながらコーヒーを飲んでいたが、徐に席を立って窓際へと足を進める。
 ここのところ天候に恵まれていて、いい加減息抜きがしたいと思っていた鯉登の頭に浮かんだのは今は亡き父、平二がフランスの知人からもらいうけた三輪車の存在だった。
 一度大破したそれだが、鯉登があまりにも残念がったため平二が融通を利かせて新しい三輪車をプレゼントしてくれたのだ。
 多分だが、実家に行けばきっと置いてあるだろうが未だ動くだろうか。
 もし動いたなら、月島と一緒に三輪車逢引きなど楽しいのではないか。後ろに月島を乗せ、風を切って走ったらきっと楽しい。
 鯉登は早速、実家に連絡すべく受話器を取ったのだった。

 そして、後日のことだった。
 その日は一日オフにして、送ってもらった三輪車の動作確認を行う。未だ動くだろうか。まずは小手調べに少しだけ街を走ってみることにする。
 何年も乗っていなかった割になかなかスムーズに三輪車は動き、そのまま兵営まで走って戻ってくると、何故か月島が表に出ていて鯉登を見つけるなり駆け寄ってくる。
「鯉登少尉殿!」
「月島ぁっ!!」
 名を呼び合い、月島の近くまで走って行って三輪車を止めた。
「どうした、こんなところで私を待っていてくれたのか?」
「ええまあ……何しろ、この乗り物の音が音なので何事かと皆で窓際に行ったらあなたがこれに乗っていたので、何かと思いまして。なんですかこの乗り物は」
「ああ、今日はこれに乗って三輪車逢引きだ。茶屋じゃなくて、久しぶりにな、お前と健全な逢引きがしたくなった。さあ、後ろへ乗れ。早速出発だ!」
 しかし、月島は顔を青くして首を何度も横に振っている。
「……? どうした? なんだそれは。いやか、三輪車が」
「わ、私はその……遠慮しておきます。地に足のつかない乗り物は苦手なのです……!!」
「いや、そんなに早く走るわけじゃない。ゆっくり走るからいいだろう。ごたごた言っていないで乗れっ! 出発だ!!」
 改めて三輪車に跨ると、大きな月島の溜息が聞こえ、走り出した三輪車の後ろに乗った。
「さーて! 行くぞ!! 振り落とされないように私に掴まっていろ。楽しいぞー!」
 だがしかし、数分も走らないうちに月島に異変が現れた。
「こ、こわっ、怖い怖い怖い怖いっ!! だめです、いけません鯉登少尉殿っ!! 怖いっ!! 止めてください!!」
 そう言ってしがみついてきたと思ったら、目元を手で隠されてしまい慌てて振り払おうとするが上手くいかず、言葉で制することにする。
「月島っ!! 眼を覆われては前が見えんっ!! その手は私の肩に置いていろ!! 危ないっ!!」
「何故そんな危ないものに私を乗せるんですか!!」
 一旦停まってみせると慌てて月島は三輪車から降りてしまい、肩で息をしている。
「……楽しくないか」
「た、楽しいのとはちょっと……」
「では、お前は歩けばいい。私はその速度に合わせて走る。それでいいな?」
「すみません……」
 さらりと月島の肩を撫で、にっこりと笑ってみせる。
「私はお前が傍に居たらいいから、大丈夫だ」
 そうして二人並んで改めて移動を開始すると、そっと鯉登の手に月島の手が重なる。
 思わず隣を見ると、これ以上なく顔を真っ赤に染めた月島が隣にいて、つい笑みが浮かんでしまう。
「……月島ぁ。私たちのこれからは大変だ。きっと今よりももっと大変になるだろう。けれど……一緒に、歩いて行こうな。歩幅を合わせて、ゆっくり、ゆっくり歩こう。私は知っているんだぞ、書類の整理に追われているお前があまり睡眠を取っていないことをな。無理しなくていい、無理だと思ったら私に相談すればいいだけの話だ。だから、二人でゆっくり……歩こう。私はお前がいれば怖くない。お前もそうじゃないのか。私では、役不足か?」
 思わず隣の月島を見ると、その顔は笑っていたが何故か泣きそうに歪んでいる。
「やはり……私は、あなたを好きになってよかった。心底に、そう思います。……鯉登少尉殿、愛してます」
「二人きりの時は、音之進だろう? 私も、好きになったのがお前でよかったと思ってる。お前を好きになって……幸せだ。さて、そろそろ散歩も飽きた。もう一度、挑戦だ月島。三輪車に乗れ! 何処までも行くぞ、私たちは!!」
 三輪車のスピードを上げると、その分月島が足を速めて追いかけてくる。
「私は走って行きます。走ってあなたの隣にいる!! それが、私の幸せです!!」
「勝手にしろ! と言いたいところだが……やはり、歩いて行こう。お前に無理はさせたくない。やはりな、こうでなくては。……ゆっくり行こうか、月島」
「……はいっ」
 その時の月島の顔をきっと、鯉登は一生忘れないだろうと思った。眩し過ぎてよく見えなかったが、彼の満面の笑みを初めて見たその記念日に誓い合う言葉は。

 一緒に歩いて行こう。歩幅を合わせて、ゆっくりゆっくり、歩いて行こう。

Fin.

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