晩秋の百合

 憤怒、とはこういった顔を言うのだろう。そんな表情を浮かべ、いきなりだった。素早い身のこなしで身を震わせる鯉登の首元へ顔を埋め、思いっ切り噛みついてきたのだ。
「うぁっ……!! や、い、痛っ!! いた、痛いっ!! や、止めっ、止めてください!! 軍曹、月島軍曹!! うああっ!!」
 ギリギリと歯を突き立てられ、容赦のないそれに鯉登は顔を歪ませる。痛みがとにかくひどい。
 何とか身を捩って逃げようとするが、それもままならないほどにきつく噛まれていて、その力はさらに強くそして激しくなっていく。
 今まで感じたことのない痛みに、思わず息が荒くなる。肩で息をして何とか痛みを逃そうとするが上手くいかず、月島の頭を押して逃げようとすると噛む力は増すばかりで、一向に止まないそれにまた、新たな涙が滲み出てくる。
「月島軍曹っ!! 止めてください!! おね、がい……止めてっ……!!」
 そう言って恥を惜しんで懇願しても、噛む力は弱まらず、勝手に痛みで身体が震えてくる。
 謝れば許してくれるのだろうか。だがしかし、鯉登に悪いことをしたという覚えはないため、痛みの所為で屈服するのだけは冗談じゃないと思う。
 先ほどと同じように硬く目を瞑り、そのまま無言で痛みに耐えていると、ゆっくりと歯が外れてきて、余程強く噛んでいたのだろう、完全に皮膚から歯が抜け出ていくのは相当な時間がかかり、完全に肉から歯が外されたところで眼を開けて、同じく首元から顔を上げた月島と目が合った。
「……何を、するんですか。オイがそんなに、気に食いませんか。だったら……もう、この茶屋には……」
「ああ、気に食わんね。俺の言うことを素直に聞かない、お前が憎たらしい」
「だったら! さっさとこの部屋を出て行ったらいいでしょう!? 気に食わないオイを置いて、出て行ったらいいんです!! そんなに、きらいなら……出てけばいい……」
 じんわりと、今度は違う意味で涙が眼に盛り上がる。
 すると、徐に月島の両手が鯉登の頬を包み込み、親指の腹で優しく撫で擦ってくる。
「お前の言う通り、この部屋から出て行くことが簡単なら、もうやってるさ。それができないからこうして、お前とこうしているんだろうが。……済まんな、音之進」
「なにに、謝って……っあ!! やっ……!! や、あっ!!」
 謝ったその口で、いきなり頬から手が外されたと思ったら、その手は鯉登の下半身に伸び、下穿きを脱がそうと腰のボタンに手が伸び、一つ外され慌ててその手を押さえる鯉登だ。
「止めっ……!! 今度は、何をっ……!! 止めてください!! 月島軍曹!! 軍曹っ!!」
 必死で月島を呼ぶが返事はなく、手だけが別の生き物のように動き、力づくで下穿きを脱がそうとしてくる。
 その力に抗えるはずもなく、あっという間にふんどし一枚にされてしまい、両脚を割り開かれ、反射で閉じようとするがそれもままならず、ふんどしを締めたままの内ももへとしゃぶりつかれる。
 股間を除き、肌が露出している下肢に舌が何度も這い回り、そこかしこをむしゃぶられ、そのあまりの刺激と羞恥に、何とか足を閉じようとするが月島の両手がそれを許してくれず、思わず別の意味で身体を震わせてしまう。
 あっという間に下半身が月島の唾液でベトベトになり、それが秋の冷気で冷えるがすぐに月島の熱い舌が這うため、その温度差にも身体は勝手に快感と拾ってしまい、自分の意思とは裏腹に甘い声が出てしまう。
「は、あっ……ああっああっ、や、あっ……も、止めっ……ぐ、ぐん、そうっ……あっああっ!!」
 そこでやっと分かったことがある。これは月島の愛撫で、そしてそれに対し感じてしまっていることに、そこで漸く気づきさらに声が漏れ出す。
「はあっはあっ、軍曹、軍曹っ、月島、ぐんそうっ……やあっ、あっあっ、はあっはあっ、あっああっ!」
「やっと声が出たな。なかなかイイ声じゃないか、鯉登。甘くてイイ声だ。……興奮する」
「いやっ……!! やだぁっ!!」
 拒絶の言葉とは裏腹に、股間はしっかりと反応を示していて、その膨らみを優しく撫でられてしまい、身体が勝手にビグッと跳ねる。
「うぁっ……!! や、ソコッ、ソコやだぁっ!! いやっ、さ、触らないでっ! 触らないで、くださいっ、やだっやだぁぁっ!!」
 快感が強い。ただ、撫でられただけなのだがもう既にイってしまいそうには、感じてしまっているし興奮もしている。
 だが、何処か抵抗がある。どんな意味での抵抗かは分からないが、何かが足りていないと思うのだ。
 この行為に足りていないものが何なのか、それは幼い鯉登には分からず、ただただ快感と拒絶が綯い交ぜになったこの行為に溺れるしかない。
 しかし、下半身が燃える様に熱いと思う。まるで月島の舌が焼き鏝のようだ。舐められるたび、そこから感じたくもない快感が湧き上がってきては鯉登を追い詰めてくる。
 頭の中が、ぐちゃぐちゃになりそうだ。
「はあっはあっ……ぐ、ん、そうっ……月島、軍曹っ! ……オイの、オイのこと、す、好き……? ちゃんと、はあっ、好き、ですか。そこに気持ちは、ありますか」
 訊ねてみて思った。足りていない何かとは、月島の気持ちだ。言葉として、一度も聞いたことが無いソレに、月島は何と答えるのだろう。
 快感に酔る涙で潤む眼を瞬かせ、じっと月島を見つめる。
 その顔は上気していて、大人の色気を感じさせると思う。熱い吐息を止めどなく吐きながら答えを待っていると、月島の表情がだんだんと無くなり、まるで能面のようになった。
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