晩秋の百合

 それに、月島はこういうことについてかなり長けているようで、鯉登の抵抗など、抵抗のうちにも入らないだろうそれに、歯噛みする鯉登だ。
 何とか逃げられないものかと身を捩っていると、そのうちにいやでも覚えさせられた官能という感覚が、身体の芯から這い上がってくる。
 月島の手は胸を撫でたり、肩を撫でたり脇腹を性的な意味合いを含ませた撫で方で擦ったりと、忙しく動き鯉登を翻弄してくる。
 そのうちに勝手に呼吸が荒くなり、心とは裏腹に身体が熱く疼き、火照ってくる。その鯉登の反応に気づいたのだろう、月島が顔を寄せてきてべろりと頬を大きく舐め上げられ、思わず唾液の乗った頬に手を当てると、目の前の顔がいやらしく笑む。
「随分と感じてるみたいじゃないか。分かるぞ、下……勃ってきてるのが。いやだなんて、方便なんだろ? そういう風に言っておけばすべて俺の所為にできるしな。お前は単なる被害者で、俺はお前を犯した男ってわけだ。卑怯だな、随分と」
 その言葉にカッとなった鯉登は思い切り、月島の頬を張ってしまう。バチンッと鈍い音が部屋に響き、頬を赤くした月島が鋭い眼光で睨みつけてくる。
「……なにをする。上官の頬を張って、無事で済むとでも?」
「あ、あなたは今は上官なんかじゃない! オイのことを変な眼で見てる、変態だ! へ、変態、この変態っ!! ド変態!!」
「その変態に愛撫されて悦んでるのは誰だ? 自分のことを棚に上げるんじゃない!! 俺が変態なら、お前だって同類だろうが。お前が望んでることだろうがこれは。お前の好きの延長はこれだろう」
「ち、違……そんな、こんなこと望んでない! オイは、オイはっ!! ……ただ、月島軍曹の特別になりたかっただけで、こ、こんな、こんなこと……」
 本当に、そうだろうか。
 ふと、頭に疑問が浮かぶ。月島の特別とは一体。
 確かに、鯉登は口づけよりその先を欲しがった。しかし、その先というものがあまりに漠然とし過ぎていて、あまりに現実味が無さすぎて考えてもみなかったが、言われてみればその先とはセックスしかない。
 だが、それはいやだと思う。だから否定してきたが、月島の言葉ももっともだ。
 その先にあるものの正体。それは、望む望まないに限らず、セックスというものになる。男同士でもできるもの。
 思わず俯き黙ってしまうと、額に一つ、口づけが落とされる。
「俺は、勘違いをしているのかな。お前が欲しいものをやろうとしたが、間違っている?」
「ま、間違ってって、そんな……」
 なにも言えない。言葉が見つからない。
 するとゆっくりと月島が覆いかぶさってきて、胸の中央辺りを大きく舐め上げてくる。
「あっ……!!」
「少ししょっぱいな。感じすぎて汗でもかいてるかな。風呂入ってるかお前。風呂はいいぞ、風呂は。なあ?」
 軽い話題にホッと身体の力を抜いたところだった。いきなりのことで反応ができず、突然月島の腰が上がったと思ったら、下半身に息づく自身を膝で思い切り押され、そのあんまりの痛みと微々たる快感に思わず大声が出る。
「うああああ!! あああっ、あああううううっ!! い、い、痛っ……!! や、あぁっ……!!」
 そのまま膝はぐりぐりと鯉登のペニスを潰すようにして動き、あまりの衝撃に声すら出ない。ただ、断続的に膝が動くタイミングでしか息すらもできない。
 しかしなんとか言葉を声にしようとのどから絞り出すようにして、枯れた声で訴える。
「ああっ……!! あ、あ、あっ、あっ、うああっ!! や、止めっ、止めっ……!! 月島ぐんそうっ!! あっ、はあっはあっ」
 布団を逆手に持ち、背を海老反らせると、その反ったのどへと歯が当てられ、軽く噛まれたことでふっと我に返り、必死に今のこの状況を理解しようと思うがそれもままならず、ただ身体が燃えるように熱いことだけしか、分からない。
 何度も月島と待合茶屋に入っているが、こんな乱暴など一度もされたことは無かったのに、いきなりどうしてこんな暴挙に出たのかが分からない。
 やはり、先ほど頬を張った罰だろうか。それにしては、惨い罰だと思う。男の一番の急所を、膝でいじめるなど。悪趣味もいいところだ。
 それほどまでに機嫌を損ねてしまったということだろうか。それにしてはやり過ぎだと思う。
 あんまりにも痛みがひどいため、勝手に涙が滲んできてしまい、それは重力に従ってこめかみを伝って布団へと沁み込んでいく頃、漸く膝が退かされ、大きく息を吐く鯉登だ。
 硬く目を瞑っていたが、薄っすらと眼を開けるとそこには普通の表情をした月島がじっと顔を覗き込んでいて、鯉登の眼が完全に開くと同時に柔らかな口づけを施してくる。
「はあっ……は、は、はっはっはあっ……ひ、ひどいっ……なんで、こんなこと」
 だが、それには答えず月島の手がまた身体を這い回り始める。だが、ここで黙っているほど鯉登もお人よしではない。
 思いっ切り月島の頭を叩くと、それは流石に痛かったらしく上半身を起こし、殴られたところに手を当てて顔を伏せている。
「……ざまあみろ! オイに、こんなことするからっ……!」
 不敵に笑う鯉登だったが、次に見た月島の表情に身が凍る思いがした。というのも、あまり月島は表情が変わらない。いつも何気ない顔をして、感情が表に出ることなど殆ど無かったというのに、今の表情は鯉登が今まで見た大人の中で、ダントツで一位を張れるほどに恐ろしい顔つきをしていた。
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