晩秋の百合

 晩秋の頃、北海道では既に雪が多く降る日が続き、秋というよりは真冬を思わせる。北ではもう、冬がやってこようとしていた。
 そんな中、鯉登の心の中にも降り積もる想いがあり、それは雪を思わせる。真っ白くて、そして儚く、けれども積もれば積もるほどに重くなる、そんな片想い。そもそも、片想いとはそういうものなのかもしれない。
 春が来れば、溶けてなくなってしまう雪のようにいつかこの恋にも終わりが来るのだろうか。
 そんなことを想いながら、鯉登は独り雪が吹きすさぶ中、足早に歩いて色街の中でもかなり端に位置する待合茶屋に向けて足を進ませていた。
 今夜は、かなり久しぶりの逢瀬だ。
 だがしかし、鯉登の心は重かった。
 怖がらないと決めておきながら、未だ二人の間柄に進展はなく、ただ逢っても同衾して朝を迎えるだけで一歩も先へと進めていない。
 鯉登の想い人、月島について何も知らない。もっと先へ進めば彼のことをもっと知ることができるかと思って一度は覚悟したものの、やはり恐怖の方が勝ってしまう。拒否、してしまうのだ。
 一度、本屋でそういった男同士での性交の本などを買って読んでみたことがあるが、あまりにあまりの内容に、その本は買ってすぐに川に捨てた。
 プライドの高い鯉登にとって、月島が望んでいることに対し応えられると思えないのだ。だが、彼はそれをしたがっている。鯉登を女にしたがっている。
 それで関係が大きく変わるのであれば、それもやぶさかではないがそれも確かではない今、彼に対し身体を開くことに対してかなりの抵抗があるのは間違いない。
 今も、考えるだけで背筋が寒くなる。
 だがしかし、そうは言っておきながらもこの足は月島に逢うために動いている。寒さに凍えながら、月島の待つ茶屋に急いでいる。
 一体この矛盾はなんなのだろう。月島に問えば教えてくれるのだろうか。
 分からない、今は何も。

 そうして、茶屋に着くと既に顔馴染みになった店主が「お連れ様は二階の角部屋にいらっしゃいますよ」と教えてくれたので、靴を脱いで二階へと上がり言われたそのまま角部屋の襖をそっと開けると、そこには間違いなく月島が居て独りで熱燗を楽しんでいた。
「お待たせしてしまってすみません。ちょっと……同僚から頼まれごとを」
「言い訳はいいから入れ。まったく、待ちくたびれてしまった」
 どうやら、月島の機嫌はあまり良くないらしい。思わず部屋に入るのを躊躇ってしまうと、今度は優しい声色で名を呼ばれた。
「おいで、音之進。怒っていないから入ってきなさい」
「はい……では、失礼して」
 そろそろと月島に近づき、小さなテーブルを挟んで目の前へと座ると、早速武骨な手が伸びてきてさらりと頬を撫でられ、その手の冷たさに思わず身体を跳ねさせてしまう。
「っ……!」
「ああ、済まない。いきなりすぎたな。怖かったか」
「い、いえ。そんな、ことは……。ただ、軍曹の手がすごく冷たかったので、驚いて……」
「なら、お前が温めてくれるか」
 その言葉に、勝手に身体がビグッと反応してしまう。アレ、を強要させられるのだろうか、今日こそ。
 顔色を青くしながら正座して俯いていると、ことんと猪口をテーブルに置く音がして、後、月島が徐に立ち上がる。
「布団、行くか。立てるかな、鯉登」
 縋るようにして月島を見るが、その眼には何も映っていないようにも見え、さらに怯えが増す。だが、そんな鯉登の様子にも怯まず、腕を引かれて無理やり引き摺られるようにして立ち上がらされ、襖を開けたそこには鮮やかな色の掛け布団の姿がある。
 そのあからさまな絵図に思わず顔を背けるが、ぐいぐいと腕を引っ張られ布団の上へと崩れるようにして座ると、真正面に月島が座る。
 そして、早速冷たい手で頬を撫で擦ってくる。くすぐったいような、恥ずかしいような不思議な感覚の中、じっと月島を見るとだんだんと顔が迫ってきて、それを追うように見ていると目の前の顔が苦笑に変わった。
「そんなにじっと見つめられると、やりづらいな。眼、瞑ってくれないか」
「眼……?」
「なんだ、接吻すらさせてくれないのか。今夜こそ、そのつもりで来てくれたのではなかった?」
 黙ってしまい、顔を俯けさせるとそのあごを掬い上げられるようにして片手で固定し、ずいっと迫られたと思ったら唇に柔らかで湿った感触が拡がる。
 そこで漸く目を瞑る気になり、ゆっくりと瞼を降ろしていくと暗闇になり、ただ感じるのはかすかにかおる月島のにおいと、後は唇の感触だけ。
 そこで、いつも分からなくなる。一体、誰と口づけしているのだろう。月島には間違いないが、誰か見知らぬ男とそうしている気分にもなる。
 あれだけ好きだと思っていたのに、いざ本格的に迫られるとどうしても引いてしまう自分がいる。引くどころか、逃げ出したくなってきてしまう。早く、ここから出たいと思ってしまうのだ。
 そんな自分が情けなく、そして悲しい。
 思わず手を彷徨わせて月島の軍服を両手で握ると、手に布地の感触がして、そこでも誰だか分からなくなる。
 眼を薄っすら開けると、確かに月島に間違いはない。だが、思ってしまうのだ。この月島の形をした誰かは、誰なのだろうと。
 恐怖がだんだんと足元から這い上がってくる。そうしたところで唇を啄むように吸われたことで、やっと我に返ることができ、何とか口づけに集中しようと鯉登からも月島の唇を吸うと、温みが唇から伝わってきて、漸く心が解れてくる。
1/4ページ