秋が見ている
その様子に顔を赤らめて眼を背けると、ずいっと月島がその顔を覗き込んでくる。
「なんだったら、お前も来るか? 社会勉強ってやつだな。お前も、俺なんかに構ってないで女の良さを知ったらいい」
「それは……オイは、あなたに振られたということですか……? もう、オイのことなど何も思っていないと、そう言っているのでしょうか。なら、そうと言ってくれればっ……」
涙腺が弱ってしまう。どうしても止められない涙が眼から溢れ出て頬を伝い、それはあごに雫を作って地面にぽたぽたと水滴が落ちる。
「オイ、オイはっ……あなた、あなたのことが、軍曹がっ……!」
「それ以上言うな。聞きたくない。いいから来い。いいところへ連れて行ってやる」
「月島軍曹っ……! どうして分かってくれないんです、オイはっ、オイはっ!」
「うるさい、いいから来いっ!」
ぐすぐすと泣きながら月島の後に続くと、一軒の如何にも怪しげな宿へと入って行ってしまい、所謂そこが待合茶屋だということに気づき、顔を赤らめてしまう。
月島は店の者に「熱燗二本、部屋に運んでくれ」とだけ言い、案内されるがまま、二人は二階へと上がりその中の一部屋が宛がわれた。鯉登はこんなところに来るのはもちろん初めてで、何もかもが物珍しく、涙も忘れてきょろきょろと辺りを見回すと、襖が眼に入りなんとなく開けると、そこには大きな布団がどんと敷いてあり、慌てて襖を閉めると、後ろで月島が含み笑いしたのが分かった。
酒はすぐに運ばれてきて、二人は向かい合って座り無言で猪口を傾ける。
「……外、冷えてきたな。もう、冬が来る……」
「そうですね。泣いていて気づきませんでしたが、底冷えするような寒さです、今日は特に」
そう言って目の前の月島を見つめる。その視線に気づいた月島も鯉登を見てきて、つい見つめ合いになり、それは月島が下に目線をやったことで解かれる。
「はあ……そんな真っ直ぐな眼で見られてもな、正直、困る」
「困る……? それは、オイの気持ちが困るということでしょうか。だったら、ハッキリ言ってください。迷惑だと、見るなと言ってくれれば、オイだって……」
また眼にじんわりと涙が浮き上がり始める。こんなことが言いたいわけではないのに、どうしてか止まってくれない。
「だから、それができないから困っているんだろう」
月島のその言葉に反発するよう、つい大声が出てしまう。
「だったら! じゃあ、なんであの夏の日にオイに接吻したんですか! そんな期待を持たせるようなことばかりして……オイに声掛けてくるのも、いやだったらしなければいいです! あなたがなにをしたいのか、オイには分かりません!」
「さあ……俺も自分がなにをしたいのか、よく分からんのだ。ただ……お前という真っ直ぐな人間に好かれたことが無かったから、有頂天にでもなっているのかもな。分からんが」
「あなたが分からないことを、オイが分かるはずありません。ちゃんと、言葉にしてください。オイが、きらいですか」
「きらいだ。大嫌いだ」
ひくっと、勝手にのどが鳴る。後、涙で視界が悪くなり、どばっと眼から涙が溢れ出てきて止まらなくなる。ぐすぐすと鼻を鳴らし、立ち上がろうとしたところだった。
「そうやって言えれば、どれだけ楽だろうな。鯉登、お前は俺が好きか」
「……好き、好きです。何者にも代えがたく、あなたのことを好いております。でも、あなたは違うでしょう……? あなたが好きなのは、オイじゃない」
「はあっ……どうしてお前はそうなんだろうな。俺が好きと、お前は言ったな。だったら、お前が俺の相手をしてくれないか」
「あい、て……? 相手とは、一体……」
「俺はな、溜まっている。と言えば分かるか? 俺と寝てみたくないか、鯉登」
ドキッと、鯉登の心臓が大きく鳴り、後、どぐどぐと脈打ち続け顔が熱くなってくる。
「ね、寝るって……そんな、男同士で無理です。ど、どうやってそんな恥さらしなこと」
「できるんだよ、男同士でも。お前も春に襲われたことがあっただろう。お前に、女になってもらいたい。できるか。一晩だけでも俺の女になってみたくはないか」
「お、オイは男です! 女になるなんて、そんなこと……で、できない」
「だったら、俺は今から馴染みの女のところへ行くぞ。それが許せるかどうかだな」
「そんなっ……」
唇を噛む鯉登だ。
なんて選択肢を叩きつけてくるのか。これではあまりに無情すぎる。女にならないなら、別の女のところへ行く。そんなことが許せるはずがない。だが、逆に女にならなければ月島はここから出て行ってしまう。ここは、腹を括らなければならない時かもしれない。月島を繋ぎ止めるための手段がこれしか無いのであれば、鯉登の選ぶ道は一つだ。
「お、お、女に、なります……。そうすれば、軍曹はオイの傍に居てくれますか。何処へも、行きませんか」
「……布団へ行くぞ。立てるか」
「答えてください! 何処かへ行くことはしないと、言ってください!」
「行かないさ、お前が傍に居てくれるなら。さあ、立ってくれ。お前を一刻も早く俺のモノにしたい」
「な、なっ……」
顔に血が上ってしまって、月島が何を言ったのかうまく頭が消化してくれない。今、月島はなんと言ったのか。考える間もなく、腕を引かれてしまう。