してよ してよ


 軍病院の一室にて、鯉登は杉元に受けた胸の傷の痛みを押して、インカラマツを相手に難しい顔をしていた。
 何しろ、インカラマツの占いは当たる。それはもう、見事なほどに。
 元々がして鯉登が人を疑うということをあまりしない人物なのも相まって、すっかりインカラマツ信者となっていた昨今。
 当たる占いに賭けてはならないと思いつつも、どうしても聞きたいことが鯉登にはあった。
 ベッドの上に腰掛けながらインカラマツの方を見ると、彼女は愛おしそうに大きく膨らんだ腹を撫でていて、その顔はまるで聖母のようだ。
「……インカラマツ。お前の占いが当たることを承知で聞きたいことがある」
「なんでしょう、鯉登ニシパ。私でよければなんでも占いますよ。その顔……何かお聞きしたいことがあるようですが」
 その言葉に大きく頷き、のどから搾り出すようにして言葉を発する。
「月島の……私に対する気持ちが知りたい。占いでそんなことを聞く方が間違っていることは承知の上で、どうしても聞いておきたい。あいつはどう思って私の傍に居るんだ」
 すると、インカラマツは少し淋しそうな顔を見せた。
「そういうことは、本人にお聞きするのが一番です。占いは、あくまで占いですから。鯉登ニシパが仰りたいことは分かりますが……でも」
「いい、いいから占ってくれ。好きか、きらいかでもいい。どちらでもいいから知りたい」
 すると、インカラマツは大きく溜息を吐き、頭に手を置いて難しい顔を始めた。
「ど、どうだ? 何か分かったか」
「ふ~ん……そうですね、きらい、では無いようです。ですが、少し厄介と思われているかもしれません。言ってみれば、手のかかる上官といったところでしょうか」
 その言葉を聞き、衝撃を受ける鯉登だ。
 きらいではないが、では好きでもないということに繋がるのではないか。それに、手のかかる上官とは。
 すうっと手足が冷たくなり、些か眩暈もする。
 鯉登は占ってくれたインカラマツに礼も言わずにそのままごそごそと布団の中へと潜り込んでしまう。
 結局は、鯉登の片想いだったということだ。
 確かに月島から、愛の言葉というものをもらうことは本当に少ない。抱擁はあるが、それもいま思えば仕方なく付き合っていると思えなくもない。
 多大なるショックは尾を引き、頭まで痛くなってきた。
 すると、二階堂が大きな声でさも愉快そうにこんな言葉をかけてきた。
「たっはー! 振られた、振られた! 鯉登少尉殿が月島軍曹に振られたー!! 男色だめー!!」
「うるさいぞ貴様っ!! 私の刀の錆にされたいかっ!! 黙っておれ!! 未だ振られたとは決まっていない!!」
 怒号を発した後、大きな溜息が出る。
 もうすぐ月島が見舞いにやって来るだろう。入院してからというもの、一日も欠かさずに毎日やってきてくれる月島の顔を見るのがいつも楽しみだったが、今日だけは見たくないと思ってしまう。
 だが、徐に扉が開き顔を出したのはいつもの様子の月島だった。
「おはようございます、鯉登少尉殿。お加減はいかがですか? 未だ傷は痛みますか」
「……ああ、おはよう月島。さあ、用が無いなら出て行ってくれ。今日はお前の顔、見たくない」
 そう言ってぷいっとそっぽを向くと、何か異変を感じ取ったらしい月島がベッドを半周して顔を覗き込みにやって来る。
「どうしました、そんなにへそを曲げて。私が何かしましたか?」
「……私のことがそんなに気に食わないなら、もうここへは来るな。手のかかる上官で済まんな。だから、もう出ていけ」
「鯉登ニシパ! 私はそういう意味で言ったのでは無いです!」
「黙ってろインカラマツ。月島はきっと、私が鬱陶しいのだ。それだったら、こちらから手を切ってやった方がヤツのためだろう」
「……占いで、何か言われましたね? 何を占ったんです、言ってください」
 思わず月島を見上げてしまうと、その顔はいつになく硬いものだった。
「その……月島の、気持ち。私がどう想われているか知りたくて……でも、結果は散々だった。お前は私のことを好きでもきらいでもなくて、手のかかる上官だと……そんな風に想われてたなんて、知らなかった。……悪かったな!!」
 最後は怒鳴り散らし、またしてもそっぽを向くと大きな溜息が聞こえ、思わず身体がビグッと跳ねてしまう。
 本当はここに来てくれて嬉しいのに、何故こんなことしか言えないのだろう。そんな自分が悲しいが、どうしても今は素直になれそうにない。
「手のかかる私のことなど放っておいて、さっさと立ち去れ!! 帰れ月島!! 二度と来るな!!」
 静まる病室内。二階堂も箸を持ったまま止まってしまっている。
 何の音もしない室内に、月島のこれ以上なく大きな溜息が拡がる。そして、こつこつと靴音がして、とうとう怒らせてしまい、帰ってしまうのかと身体を起こしたところだった。
 ふわっと正面から身体を抱き込まれて、力強く身体が引き寄せられ、月島の軍服の布地が頬に当たる。
「あなたは本当に……手のかかる上官です。けれど、恋人としてはまたべつですよ。何を言い出すかと思えばそれですか。まったく、どうしようもない人ですね。でもそういうところも……愛おしいです」
「なに……? 月島……?」
 戸惑いながらも言葉の先を促すよう、黙ったまま抱かれていると、大きな溜息を、月島は吐いた。
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