蝶ノ見ル楽園 下
薄暗がりの中、蝋燭の燃えるじりじりとした音が遠くで聞こえる。
ただそれは聞こえただけに終わり、唇の温かな感触だけが今の尾形のすべてだ。熱いくらいに押し当たっているこの唇の主が、こんなにも愛おしく感じる時が来るなんて思ってもみなかった。
勇作のように甘い味が、尾形をトロトロに蕩かしていく。そして、もしもを考えさせてしまう。
もしがあるなら、この部屋の空間ごと何処かへ行きたい。行き先は何処でもいいから、とにかく二人きりになりたい。
今でも二人きりだが、世界中でたった二人だけになってみたいという意味での二人きりだ。
何も縛るものの無い世界へ、勇作と行って愛し合いたい。
この世界にあるのは、勇作だけでいい。そう思わせられるくらいには、勇作に溺れている自分を実感する。
こうして口づけ合っている今こそが、至上なのだ。もうこれ以上はない。
しかしそれが不可能なことは知っている。
名残り惜しく唇が離れるのを見ていると、触れ合う至近距離で勇作が甘ったるい笑みを浮かべて尾形の額に手を当て、優しく撫でるとさらに笑みを深くしてこんなことを言った。
「いつでも死ねると思えば、気が楽でしょう? 今ではないです。兄様、今は違います。兄様の背負っているものが何なのかは私には分かりません。けれど……私は、兄様を愛し抜く。独りきりの世界で生きてきたであろう兄様の傍らに、私は居る。その覚悟もできました。兄様の手は離さない。だから、兄様も私の手を離さないでいてください。これも、約束です。破られない、二人だけの約束……」
それは甘い響きを持って尾形の中に拡がり、胸が幸福で満たされていく。
「勇作殿……好きです」
「えっ……」
「好きですと言ったんです。絶対に言わないつもりで、胸の奥に仕舞い込んでおくつもりだったけど……言いたくなりました。俺は、勇作殿を愛しています。自分の中にこんな感情があったなんて、知らなかったけどきっと、こういう気持ちを愛しているというんだと……」
「兄様、ほんとうに、本当に私を、わたしの、ことを……?」
こくんと頷き、両手で勇作の頬を包み込み微笑んで見せる。
「愛してる……勇作。好きです、俺は勇作殿を愛しています」
言ってみて分かった。自分の気持ちに素直になることというのはこんなに気持ちがよかったのだ。初めての体験だが、何故だか感動してしまい新たな涙が眼から溢れ出てくる。
「好き、ゆうさく……」
「あにさま……私も、兄様が好き。大好き、愛してる……この世の誰にも代えられない、兄様が大好きです」
勇作の両手は尾形の頬を包み込み、親指の腹で優しく涙を拭われ、二人して笑いながら口づけをし、熱い抱擁に明け暮れる。
勇作が下になったり、尾形が下になったり上になったり、ごろごろと部屋の中を転げ回って抱き合い、そしてキスを交わしては互いの身体を抱きしめ合う。
幸福とは、こんなにも甘い味だったのだ。
初めて知るその甘美な幸福という名の感情に包まれた尾形は、ひたすら泣き続けた。今まで我慢してきたものが溢れたような、そんな気分の中、勇作は根気よく尾形の涙を拭い続けてくれ、勇作も泣くものだから互いに涙を拭い合い、晴れて両想いになった恋人同士として口づけを続ける。
そのうちにだんだんと顔が熱くなり、身体も火照ってきて自分が欲情していることを知り、下半身を勇作に押しつける。
すると勇作も負けじと猛った下半身を下穿き越しに押しつけてきて、そしてまた笑い合う。
「おんなじですね、兄様と同じで嬉しい」
「俺は折角解してくれたのにまたやり直しかなって思ってます。早く勇作殿が欲しい」
そう言って笑うと、勇作の頬が真っ赤に染まり頬に擦りついてくる。
「兄様はかわいいっ。こんなかわいい人に出会ったことが無い。かわいいっ……愛おしい、私だけの兄様……」
「最初から、ヤってくれます? シて欲しいなあ、勇作殿に、最初から愛して欲しい」
「……胸から?」
「もちろんでしょう? 一番最初の接吻から」
すると勇作は赤かった頬をさらに赤くして、目尻に涙を溜めながら笑った。
「兄様にはもうっ……敵わないなあっ……!! 大好き!!」
ちゅっと唇に落とされる口づけに笑い、近づいてくる美麗な顔を眼に入れてキスを待つと、勇作が苦笑いをして頬に口づけてくる。
「兄様……眼は瞑ってください。は、恥ずかしいですっ……!」
「ずっと見ていたい顔なのだから仕方がないでしょう? 見ていたいのです。ほら、早く接吻……」
「もうっ、兄様はっ……そういうところ、すごく好き、大好きです兄様……愛してる」
今度こそ本格的に唇に吸いつかれ、改めて情事が始まったことを知らせるようなねっとりとしたその口づけに、つい感じてしまい熱い吐息が漏れる。
それごと飲み込むように勇作が唇を吸いながら咥内に舌を滑り込ませてきて、ナカを大きくべろっと舐められる。
それにしても、随分と口づけも上手くなったものだ。初めのあの拙さも好きだったが、成長した今も同じように好きだと感じることができる。
尾形からも積極的に勇作の舌に舌を絡ませると、何をムキになっているのか今度は勇作が優先して舌を絡ませてきて、そしてぢゅっと音を立てて舌に乗った唾液が吸い取られていく。
その際、吸う間際に舌を舐められたことでぐいっと官能が引き出され、快感を感じ思わず身体を震わせてしまう。
「ンんっ!! ん、は、はっあ、あっ……んんんっ!」
つい啼いてしまうと勇作がのど奥で笑ったのが分かった。少し悔しい気分になるが、気持ちイイものは気持ちイイ。
尾形は頬を包んでいる手を揉むように動かし、勇作の滑らかな肌の感触を愉しみつつ、口づけにも夢中になっていると、勇作の手が不穏に動き出し、両方の乳首を親指で潰すように撫でられ、直接的な快感に思わず身体がぶるっと震えてしまう。
そのまま円を描くように勇作の親指が動き、その性的な意味合いを含めた触れ方に思わず身を捩ってしまうが、逃さないとばかりに親指が動きぎゅっと乳首が押し潰される。
「んあっ!! あ、ああっあっ……!! んはぁぁっ……!!」
今度こそ明らかな快感が背を突き抜け、思わず啼いてしまう。
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