世界一の色男


 鯉登の両頬を手で包み込み、薄く開いた口へと月島の舌が入り込んできてナカを大きく舐められ、舌を絡め取られてぢゅぢゅっと音を立てて吸われる。
 官能がゆるりとやってくる瞬間だ。
「はっ……ん、んンッ、んっ……」
 大胆に月島の舌が動き出し、上顎を丁寧に舐められ、そこでも身体を震わせてしまう。いつ交わしても思うが、月島との口づけは気持ちがイイ。まるで手を出したことは無いが何か中毒性のある薬を服用している気になってくる。
 定期的に摂取しないと気が狂ってしまいそうな、そんな甘い薬。
 執拗に上顎を舐められ、思わずゾクゾクとした快感を身体が拾ってしまい、首に立てた爪をさらに尖らせてガリガリと引っ掻く。
 するとそれは痛かったのか、首に回っていた手を外されてしまい、その代わりに両手とも恋人繋ぎになって、それはそれで何だか愛されている気がしてぎゅっと手に力を籠めると、同じような力で握り返され、さらに口づけは続く。
 今度は舌を舐められ、その流れで舌の下にまで月島の舌が入り込み、じゅわっと溢れ出てくる唾液を持っていかれてしまう。そして、ごぐごぐとのどを鳴らす音が遠くで聞こえた。
 しかし、深い口づけを交わしているからか水音が大きく聞こえる。だが、それも充分な興奮材料だ。
 快楽に溺れながら口づけに夢中になっていると、またしても二階堂の大きな声が病室中に響く。
「あーあああああ! もういやー! これ以上聞きたくなぁい! 鯉登少尉殿と月島軍曹殿不潔っ!」
 そこで口づけが解かれ、そっと月島が離れて行ったと思ったら、今度こそかなり痛そうな拳骨を落とされた二階堂は、ベッドの上で痛みに苦しんでいる。
 戻ってきた月島と目が合い、顔が熱くなっているのを感じながらはにかんで見せる。
「やりすぎ、だな」
「そうですね。でも……私は満足してますが」
 との言葉に、つい顔を赤らめてしまう鯉登だ。
「月島は、時々すごく助平になる」
「あなたに言われたくありませんよ。万年発情期のあなたには。さて、土産を買ってきました」
 その言葉に反応し、ベッドの上に置かれた包みに目線を移す。
「今日はなんだ? 私の好きなものだろうなっ」
「ああ、実は買い物というのは病院に向かう途中で黒糖饅頭と酒蒸し饅頭が蒸し上がるところでして、ちょっと待ってたんです。蒸し立てですよ、どうぞ。あなたの好きな三松堂の饅頭です」
「でかしたっ! よし、じゃあ……月島、分かっているだろうな」
 最後まで言わず、背中を指さすと大きく溜息を吐かれてしまった。
「はあ……背もたれ、ですか。また」
「恋人とずっとくっ付いていたいと思うのはおかしな話じゃないだろう? いいから早く来い! 私は酒蒸し饅頭が食べたい」
 枕を退かし、背中に隙間を作るとしぶしぶといった体で月島が靴を脱ぎ、そしてベッドへと上がり込んで鯉登の背中へと回り、開脚して座ると立派な月島背もたれのできあがりだ。
 それに大変な満足を手に入れた鯉登は、早速包みを開けて中身を確認する。すると、結構な数の饅頭が包んであり、思わず後ろを向くと月島は仏頂面を下げて二階堂に声をかけた。
「おい、貴様の分もあるぞ。あと、インカラマツ、お前の分もだ」
 その言葉を聞くなり、二階堂がサッと手を伸ばして饅頭の包みを奪おうとするが、その手を月島が叩き、黒糖饅頭二個そして酒蒸し饅頭を三個、手元に置いて包みを二階堂へ差し出すと、今度こそ引っ手繰られ、インカラマツも「ありがとうございます、いただきます」そう言って口に運び出し、二階堂に至っては礼もそこそこにガツガツと饅頭を頬張っている。
 しかし、未だ余りある数がある。
 そうしたところで診察の時間なのか家永がやってきて、部屋に立ち込める饅頭のにおいを嗅ぎ、顔を緩ませた。
「これは、お饅頭のにおいですね。私の分は無いのでしょうか。月島軍曹?」
「二階堂から奪え。数は買ってある」
 その優しさに頬を緩ませながら鯉登も饅頭を頬張ると、月島も倣って饅頭を口に入れた。
 すると、くすくすと家永が楽しそうに笑った。
「いつ見ても、仲がよろしいですねお二人は。鯉登少尉も幸せでしょう? いえ、月島軍曹も」
「ああ、幸せだな! なにしろ私はこの世界一の色男に好かれている! 羨ましかろう」
 そこで反応を示したのは二階堂だった。意地汚く口の中に饅頭を入れたまま、大声で笑い出したのだ。
「おいっ! 何がおかしい貴様っ!」
「月島軍曹殿が世界一の色男っ!? だったら世間の男は全員色男だぁっ!」
「何を言う! 私は月島ほどの色男に出会ったことは無いぞ! 鶴見中尉はべつだがな!」
 そう怒鳴ると、部屋の中がしんと静まる。
「なんだ、この沈黙は。私が何かおかしいか」
 その言葉に反応したのは家永だった。
「いえ……あの、月島軍曹は色男とはちょっと……ねえ、インカラマツさん」
「確かに、見ようによっては個性的な顔ですが、色男、では……」
 それらの言葉に激高した鯉登は、さらに怒鳴り散らす勢いで饅頭を指さした。
「おい月島!! この無礼な輩どもから饅頭を取り上げろ! 私の月島は色男だ! 誰がなんと言おうとな! さあ、月島出動だ!」
 すると、後ろから大きな溜息が聞こえぎゅっと両腕で身体を抱き籠められてしまう。
「月島? おいどうした」
「あの、庇ってくださるのは嬉しいですが私は色男じゃありませんよ、残念ながら。あなたも以前、私の顔をけなしましたし、この病室にいるあなたを除いた人間の言うことの方が正しいと私も思います」
「なにぃっ!? 私はお前ほどの色気がある恰好いい男はいないと言っているのに! 嘘じゃないぞ!」
 その時、鯉登を除いた全員が思った。
 恋は盲目だと。

Fin.
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