蜜蜂ノ針
そんなある日のことだった。
女に生理があるように尾形にも似て非なるものだがそういう日がある。
というのも、三月に一度くらい、ひどい性欲に悩まされる日があり、そういう日は朝から悶々として過ごし、夜になるのを見計らって夕飯も食わず、馴染みの女のところへ行って五回ほど相手をしてもらうと、漸く治まってくれるといったかなり厄介な性癖を抱えている。
これについては説明しづらいが、かなりつらいものがある。性欲も、溜まり過ぎると身を滅ぼしかねない。
特に尾形は性欲が人よりも強い方なのでさらにつらいのだ。
しかし、今の自分には勇作が居る。だが、勇作にこの欲の処理は任せたくない。となるとやはり、女を抱きに街へ出るしかなくなる。
今日はそういう日らしく、朝起きた端からセックスしたいと思ったが最後、半日はそれで悩まされ、そして午後になってとうとう辛抱たまらなくなり、兵営を抜け出そうとしていたところだった。
勇作が声をかけてきたのだ。
足早に廊下を歩いていると、後ろから軽やかな足音が聞こえてきたと思ったら、ぽんっと肩に手が置かれ、反射で振り向くとそこには美麗な顔を緩ませた勇作がにこやかに立っており、肩に手を置いたまま、人差し指で尾形の頬を突いて来て、その姿を見て思わずのどが鳴る。
勇作でこの欲を発散できたらそれは、なんて気持ちがイイことだろうか。そしてきっと、女を抱くよりも満足できるだろう。
勇作の太い肉棒で、秘所を貫かれたい。突いて突いて、突きまくってイかされたい。
そんな欲望が身体を芯から熱くし、思わず縋るような眼で勇作を見てしまう。
「勇作殿……」
「……? 兄様、どうかされましたか? なにか不安になるようなことでもありました?」
「いえ……ただ、無性に勇作殿に愛されたいと、そう想って……」
するとすぐにでも勇作の頬に朱が走り、慌てたような表情を見せた。
「あ、兄様それは……」
「そうですよね。勇作殿は童貞を守らなければならない身。けれど……」
ちらりと勇作の股間を見てしまう。アレが挿れてもらえれば、どれほど幸福になれるだろうか。
抱かれてみたい。他でもない、勇作の童貞が欲しい。
またしてものどを鳴らして唾液を飲み込み、勇作の股間から目を離してそっと離れようとすると、勇作の両手が伸びてきて腰に回り、ぐいっと引き寄せられてしまう。
「っ! 勇作殿!! ここは兵舎の中です!!」
「だって、兄様の顔が」
何とか離れようと身を捩ったところで、誰かが階段を上ってくる音がした後、知った顔に出会った。というのも、頻繁に尾形を抱いていた男の一人で、二人の様子をどう思ったのか、些か怒気を含んだ表情でこちらへと歩いてくる。
そして、尾形の前で足を止めると、こんなことを言ってきた。
「今度は勇作殿か。随分と男を誑し込むのが上手いな。実の弟を掴まえて、何をしているんだか、困った山猫だなあ」
尾形が何かを言う前に、その男は勇作の張り手の一撃によって吹っ飛んでおり、初めて見る勇作は怒り心頭の顔で男を恫喝した。
「兄様を貶めるな!! これ以上口を開いたら、兄様の代わりに私がお前を殺してやる」
「ゆうさく、どの……」
しかし、男をこのままにしておくわけにもいかず、尾形は勇作から離れて男に歩み寄り、廊下に倒れている身体を起こしながら耳元で囁く。
「後から相手してやる」
だが、男は尾形を一睨みして叩かれて真っ赤に腫れた頬に手を当て、鼻血を拭い、その場を足早に去って行く。
その後ろ姿を眺めていると、後ろから勇作が腰に腕を回してきて腹を擦ってくる。
「私の部屋に、行きましょう。兄様、そこで……」
「でも、抱いてはくれないのでしょう? それは、無理なのでしょう勇作殿は。俺は今から、街に出ます」
「聞きますが……何をしに、ですか」
「薄々分かっているでしょう。女を抱きに行くんです。勇作殿では、俺の中に空いた穴は埋められない。だから……女を抱きます。離してください、俺から……離れてくれませんか。早く助平なことをしたいのです。分かってください、というより、分かるでしょう勇作殿なら分かるはず。俺の疼きが」
そう言って腹に回った腕を剥がそうとしたところで逆に手首を取られてしまい、ぐいぐいとそのまま手を引かれ、勇作の自室まで辿り着くと強引に部屋の中へと連れ込まれてしまい、熱い抱擁を受ける。
「兄様っ……!! いやです、女性を抱くだなんて、そんなっ……!! 兄様がそんなこと」
「俺だって男です。たまには女を抱きたくなったって不思議はないでしょう? 勇作殿が童貞を失ってもいいという覚悟があれば引き止めてください。けれど、そんなことは無理でしょう。どれだけ想い合ったって、結局俺たちには壁がある。どうしようもない壁が立ちはだかってる。今回のことで解ったでしょう? いくら好き合っていたって、どうしようもないこともある。俺だってつらい。けれど……覚悟も持たない勇作殿に引き止められたくはない。きっと、そういうことなんだと思います。さあ、離してください。これで、最後です」
そう言って尾形が腕の中から抜け出し、勇作に背を向けたその瞬間だった。ものすごい速さで後ろから腹に腕が回り、引き摺られたと思ったらベッドに思い切り叩きつけられ、衝撃に思わず瞑っていた眼を開けると、そこに見えたのは目を血走らせ、荒く息を吐く見たことも無い勇作が居て、生唾を飲み込んでしまう。