蜜蜂ノ針


 とてつもなくきれいな宝物を手にしているような、そんな気分とでも言えばいいのか、今のところ勇作は自分のモノでしかない。
 それが尾形の気分を大きくさせ、口づけに応えるよう勇作の唇を吸うと、すぐに吸い返されて角度を変え、何度も触れ合わせるとさらに幸福な気分になり、尾形からも腕を伸ばして勇作の首に引っ掛け、爪を立てると勇作の首が少し動く。
 痛いのだろうが、尾形には関係ない。こんな官能的な口づけを要求してくる勇作が悪い。感じてしまうのだから、その責任は取って欲しい。
 堕ちたと思う。
 だが、こうしている時間は誰にも奪われたくないとも思う。いつまでこんな爛れた関係が続くのかは分からないが、今のところ尾形から切る気は無く、勇作もそんな気は無さそうだ。
 もうずっと、こうしていたい。勇作に愛し愛され、この幸福をずっと噛み締めていたい。最近は、そんな夢のようなことを想うようになってきた。
 これも、勇作の愛の賜物だろうか。
 やっと自分にも人間らしい感情が芽生えたのは間違いなく、勇作が多くの原因だ。きっかけは何であれ、今はとにかく勇作が愛おしくて仕方がない。
 少なくとも、身体を惜しみなく開くくらいには、愛しいと思える。勇作以外にも男と寝たことはあるが、ここまで自分から誘うことはなかった。けれど、勇作には自然と甘えることができるし、甘えて欲しいと思う。
 他の男では考えなかったことだ。
 尾形を抱きたがる男はたくさんいたし、拒んできたことはあまりなかったが勇作を知ってから、尾形は他の男に抱かれることをしなくなった。
 勇作が居るのに、そんな必要はない。勇作だけが、今の尾形のすべてだ。そう想えるようになったのもやはり、愛の力だろうか。
 それと同時に、切なくもなる。兄弟でこんな不毛な恋愛を、そうは思っても勇作の気持ちを否定したくは無いし、自分の気持ちも然り。
 いくら倫理の道から外れようとも、この想いだけは貫き通したい。間違っていたとしても構わない。知っているのは、自分と勇作だけだ。それだけしっかりしていれば、外野の声など関係ない。
 勇作の痛いほど向けられる愛を否定してはだめだ。そして、自分の勇作に向ける愛も、同様に止めたくないしもはや、止められない。
 勇作の首に回した手に力を籠め、さらに皮膚に爪を立てると、毟り取られたその両手はきつく握られ、両手とも恋人繋ぎにされたその手を振り払い、勇作の軍服に手をかけると、それを追って勇作も尾形の着ている軍服に手をかけ、剥き始める。
 その遠慮のない手の動きに感じてしまい、つい熱い吐息が漏れる。
「あ、兄様、あにさまっ……いいかおりするっ、はあっ、興奮するっ……!!」
 はだけた首元に顔を埋められ、ぺちゃぺちゃと唾液で濡れた舌が肌を這い、その微量な快感にまたしても吐息をつくと、至近距離でじっと勇作が顔を見つめてくるのでそちらに目を向けると、勇作は尾形の鎖骨の上に顔を乗せていて、微笑むとそれは嬉しそうに笑む。
「兄様の感じている顔、好きです。色っぽくて……きれい」
「俺はきれいではないでしょう? 勇作殿は眼がおかしいのでは?」
「兄様は誰よりもきれいです。このひげも……最近は好きになってきました。擦り寄るとじょりじょりするけれど……それも兄様です」
 その言葉に嬉しさを見出してしまい、片手で勇作の頬や頭を撫でるとそのまま顔に擦り寄って来て、思わず「あっあっ」と声が出てしまう。
「あにさま、かわいい……すごく、すっごくかわいい……私は兄様くらいかわいい人を知らない。……愛おしいです」
 思わず顔を赤らめてしまうと、くすくすと勇作が笑い、首元に擦り寄ってきたと思ったらいきなり首をかぷっと食まれ、思わず身体がビグンッと動くと、また勇作が愉しそうに笑う。
「兄様はなにをしても、気持ちイイんですね。かわいい身体……」
 するすると軍服の前をはだけられてしまい、シャツもボタンをすべて外されると半裸の尾形のできあがりだ。
 その露出した肌に、早速勇作の手が乗り、這い回り始める。
「やっぱり兄様いいにおい……はあっ、兄様のにおい好き……!」
 胃の辺りにちゅっと唇を置かれ、ちろっと小さく舐められてしまい舌の熱さに身体が勝手にピクンと動いてしまう。
 しかし勇作は一体いつからここまでやらしい男になってしまったのか。その素質は充分にあったにせよ、そこは尾形も同じようなものなので人のことは言えないが、それにしても色事が好き過ぎる気配がある。
 特に、尾形の身体に異常な執着を見せてきて、そういうことをすると教えた尾形がたじろぐほどに愛したがる。
 清いままの勇作のこの堕ちた姿で肌に触れられるたび、こたえようもない快感が背を突き抜ける。
「んっ……勇作殿、接吻……接吻をしてください」
 最後の言葉は囁くようにして吹き込むと、早速身体を伸び上がらせて口づけてくる。愛おしいと感じる瞬間だ。
 甘い唇が触れ合うと、胸にぶわっと熱いものが拡がり、それは幸福といった形で快感に変わって、尾形の心を優しく引っ掻いていく。
 撫でるのではなくて、そんな生易しいものではなく勇作は最近、尾形の心を引っ掻くようになった。初めは確かに優しかったのに、何をそんなに勇作を昂らせているのかは分からないが、心に引っかき傷を負うような愛撫で責めてくる。
 だがそれもまた、愛おしい。
 傷だらけになった心は、勇作が癒してくれる。それの繰り返し。近頃はそういうことばかりだ。
 漸く勇作にもこの兄弟同士という不毛な関係の深淵が分かってきたのか、やたらめったら、尾形を傷つけたがるのだ。
 その傷すらも愛おしいと思ってしまう自分も、勇作同様堕ちているのだろう。だが、勇作とならそれも構わないと思ってしまう辺り、救いようがない。
 救ってくれというつもりも無いが。この愛の行方は勇作と自分だけが知っていればいい。
 そういう恋を、している。
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