蜜蜂ノ針


 その手をそっと押さえ込み、手に手を重ねて撫で擦りながら笑む。
「勇作殿の、チンポが欲しい」
「えっ……」
「でも、だめなんですよね。勇作殿は童貞でないと……他の男に抱かれに行きましょうか。勇作殿が、それでもいいって言うなら。だって、俺は少しも満足していないんですから仕方ないでしょう?」
 その尾形の言葉をどう思ったのか、勇作は今までになくきつい顔をして尾形のボタンだけ外されたシャツを握りしめ、身体を揺すり始める。
「だめっ!! いけません兄様っ、それはなりません!! なにか、私でできることがあればっ……それをしてあげたい。兄様が満足できるよう、努力します。頑張りますからどうか、そんなことを言わないでください。他の男なんて……そんなの、いやだっ……!! いやです兄様!!」
 勇作の眼には涙が浮かんでいて、今にも零れ落ちそうだ。
 尾形は手を伸ばし、親指の腹で勇作の目尻を擦ってやり、もう片手で勇作の下半身をまさぐる。
「あ、あにさま、あのっ……」
 そこは下穿きの上からわかるくらいに勃起していて、ぱんぱんに膨れ上がったそこには勇作のペニスが息づいている。
 愛しい勇作のペニス。
 これを突っ込んでもらえればすべてが解決するのに、なんとももどかしい。だが、このもどかしさがクセになると言えばなる。
 奪えそうで奪えない勇作の童貞。だからこそこんなに躍起になるのかもしれない。手に入りそうで入らないからこんなにムキになるのだ。
 尾形の人生はそういったものが多すぎる気がする。自分だけ被害者ぶるつもりはないが、少なくとも勇作よりは多いだろう。
 そのことに嫉妬心が湧き、手の動きも次第に乱暴になっていくのが止められず、ますます勇作が戸惑う。
 下穿きのボタンをすべて外し終わり、がっしとふんどし越しに股間を掴むと勇作の身体がビグッと跳ねる。
「うあっ!! あ、あ、あにさまっ……!! なにをっ……!!」
「なにって……勇作殿のチンポを舐めてあげようかと。今からすることに、勇作殿のチンポが勃っていないとやり難いのです。腰上げてください、脱がします」
 自分がやけに性急になっていることが分かりながら、無理やり下穿きを足から引っこ抜こうとすると、何故か強引に抱き寄せられてしまい、そこで自分の息がひどく上がっていることに気づいた。
「は、はあっ……ゆうさく、殿……」
「兄様は少し落ち着かれた方がいいと思います。私の童貞が目当てなのだとしても、少し落ち着いてください。ちゃんと呼吸をして、深呼吸です」
 言われた通り、大きく息を吸って吐くことを繰り返すと、何となく落ち着いてくるから不思議なものだ。
 少し頭はクリアになったが、性欲だけは治まってくれず、勇作の膨らんだ股間を見ただけで既にもう欲しくなってしまう。
 何とも浅ましいことだが、この三月に一回来る性欲はどうしようもなく尾形を苦しめてくるのだ。今のところそれを救えるのは勇作しかいない。
 身体を起こして尾形の背に腕が回ると、優しく上下に擦られる。
 思わず尾形も勇作に抱きつくと、ますます濃い勇作のにおいがしてそれにも煽られてしまう。
 性欲が、抑えきれなくなる。
「勇作殿、欲しい……」
「兄様、それは無理です。ですが……何か代わりになるようなことはありませんか。私の童貞は差し上げられないですが、何か他のことをして、それを兄様にあげたい。童貞と思って、それをすることで兄様には満足していただきたく思ってます」
 結局またいつもの堂々巡りだ。
 尾形は大きく溜息を吐き、さらにぎゅうっと勇作に抱きつく。
 やはりこういったずぶずぶの関係になっても、勇作は童貞を貫くつもりらしい。そのことに対し、少なからず憎しみが湧くが、眼を硬く瞑って感情をやり過ごす。
 何も手に入れられない。勇作の心を手に入れたと思っても、またすぐに一線を引かれる。尾形を抱いてきた男と何ら変わりない、勇作もそこまでということなのだろう。
 気づくと、妙に淋しく感じる。
 また、独りきりになる。そして、一人で歩いて行かなくてはならなくなってしまう。勇作なら共に歩いてくれると思ったが、それはどうやら大きな勘違いだったようだ。
 どうせ、人間など皆独りだ。
 そう尾形は割り切り、勇作から離れようとするが勇作はそれを許してくれず、ますます強く尾形の身体を抱いてくる。
「今ここで兄様を離したら、いけない気がする……どこかへ、行ってしまうおつもりなんでしょう? 分かります、兄様のことなら。だから、離しません。絶対に、離さないっ……!!」
「わがままを言うなと言いたいところですが、わがままを言っているのは俺ですね。……離してください。勇作殿には埋られない穴を埋めてもらいにいきます。無理なのでしょう……? 俺と寝るのは。だったら引き止めないで行かせてください。勇作殿に止める権利はありませんよ」
「あにさまっ……!!」
 無理やり腕の中から出ようとするが、勇作が体重をかけてきたためそれもままならず、ぱさっと二人で布団に沈みむと首元に勇作の熱い吐息が降りかかる。
「こんなに欲情して、兄様が欲しいと思っているのに……挿れたくて仕方がないのに、ままなりませんね。なにか、ありませんか。私で兄様が満足できるなにか。なんでもいいんです。陰茎を咥えろというのであれば、また咥えます。だからどうか、腕の中から出て行かないでっ……行かないで兄様、どうかっ……!!」
 尾形は懇願に近い勇作の叫びを聞きながら、静かに天井を見ていた。
 想い合ったって、仕方がないのに何故こんなにも切ないのだろう。もし、戦争が始まって終わり生き残ったとしても、別々の道が用意されていて決して、交わることはない。
 実の兄弟なのだから、結ばれて一生平穏に暮らすといった未来はどれだけ夢見ても叶いはしない。
 だからこそ、こんなにもこの時が切なくそして、淋しいのだろう。
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