蜜蜂ノ針


 尾形は咥内に入り込んでくる舌の柔らかい感触と味を愉しみながら、ゆっくりと眼を開けた。
 至近距離には勇作の長い睫毛が細かく震えていて、とてもきれいだと思う。これが、自分の手に入れたもの。
 勇作の身体は手に入れていないが、心は手に入れた。
 その優越感に、尾形は自分の気分が良くなるのを感じていた。この美しい弟が、自身を想って身を焦がしている。
 誰のモノでもなかった勇作が、自分の手の中に堕ちてきてくれた。こうして口づけていると思う。
 愛おしいと。
 けれど、その気持ちはすぐに疎ましさに溢れ、尾形を困惑させる。
 この二つの感情はいつも隣り合わせのように尾形の心の中に居て、交互に顔を出しては綯い交ぜになり、それはすぐに勇作への愛おしさに塗りつぶされていく。
 結局は愛おしいという感情がいつも勝つが、それでもやはり、時折ひどく勇作が疎ましく感じてしまう時がある。
 大概曲がっていることを自覚しているが、ここでもそれが発揮されるとは。
 もっと愛して欲しくて、きつく唇を吸うとすぐに吸い返され、甘い吐息が口のナカに入り込み、気持ちのイイそれがもっと欲しくて、さらに強請るように舌を出すとすぐに絡み取られ、ぢゅっと強く吸われる。
 この口づけも随分と上手くなったものだ。
 最初から飲み込みは良かったが、まさかここまで上達するとは思ってもみなかった。それほどまでにキスしていると言えばそれまでだが、尾形の思考をトロトロに蕩かすには充分なほどにまで腕が上がった勇作との口づけはいつも、尾形を幸せな気持ちにさせてくれる。
 その感覚が、ひどくクセになると同時に、愛おしいと感じる。勇作が、好きだと思ってしまうのだ。
 そう想うのは身体を奪ってからだと自分で自分に言い聞かせても、心はそれを裏切り、勇作を求めてしまう。
 その考えから逃れたく、両手を上げて勇作の背に回すと、さらに口づけが激しくなり、舌を積極的に食まれ、少しの痛みと快感が口から湧き上がってたまらない気持ちにさせられる。
 何度もそれは繰り返され、溢れ出る二人の体液の混ざった液体を飲み下すと、夢見心地な気分になれる上、それも気持ちよく、思わず熱い吐息をついてしまうとそれすらも飲み込むように勇作の舌が上顎をべろべろに舐めてくる。
「んんんっ……! んン、んっあは、はあっはあっあっ、んっ、はあっ、ゆ、さく、どのっ……!!」
「はあっはあっ、兄様、あにさまっ……! あにさまっ……!!」
 互いに名を呼び合い、強く抱き締め合ってさらに口づけは苛烈を増す。
 勇作の舌は巧みに動いては尾形に快感を与えつつ、滑らかに動き、涙が出そうな幸福が胸のうちに湧き上がってくる。
 こんな口づけがあってもいいものだろうか。
 舌を柔らかく食まれたところでふと、そう思ったがそれは思っただけに終わり、また食まれたところで思考が停止し、さらに強請るように尾形も勇作の舌を食む。
 じゅわっと口のナカで唾液が溢れ、口の端から零れ落ちそうになるのを勇作の舌が捉え、べろっと舐められ、また口づけに戻る。
 遂には身体を絡ませ合い、尾形の足が勇作の足の間へと入ると、股間が大変なことになっているのが分かった。押すように足で突くと、勇作の尾形を抱く腕に力が入り、実際苦しいほどだ。
「んっ、んっ……あに、さまっ……!! いけません、あに、さまぁっ……!!」
 がっと腕に力が入り、一瞬呼吸ができなくなる。そしてすぐにでも今度は勇作の足が尾形の足の間に割り入ってきて、リズミカルに股間を太ももで押し上げられ、快感がぶわっと股間から身体に拡がり、思わず背筋を震わせてしまう。
 いつの間に、こんなに色事に長けてしまったのか。あの穢れ無き勇作は一体、何処へ行ったのだろうと考え、すぐに自分の所為だということに思い当たり些か、苦々しい気持ちになるが、すぐにそれは悪くないと思うようになり、股間に与えられる快楽に溺れることにする。
 快感には人一倍弱い尾形にとって、色事というのは欠かせないものだ。女を抱くのも愉しいが、最近では勇作という存在ができたことにより、女を抱く気が失せている。
 そんなことをしている時間があるのなら、勇作と絡んでいたい、そう想ってしまうともう萎える。女を抱く気が無くなる。
 女を前にすると、必ず勇作の顔が脳裏に浮かぶ。それが一番の原因かもしれない。口づけている時の、あの勇作の長い睫毛が揺れている様を見るのが好きで、それを自分から捨ててしまうのが怖いと、そう想ってしまう自分の心境の変化に驚く。
 そして思うのだ。
 堕ちてしまったのは、果たして勇作ではなく自分ではないかと。一度手にしたらもう手放したくない。それ程にまで堕ちてしまった自分の気持ちは一体、何処へ持って行けばいいのか。
 何だか怖くなり、縋りつく形で勇作に抱きつくと、その不安が分かったのか強く抱き込まれ、さらに呼吸するのが難しくなる。
 この腕の中はイイ。心底に安心する。そして、また妬みが生まれる。こうして誰かをこんなにも安心させることは自分ではできないことだ。
 いつだって、勇作だけが特別。
 何となく悔しくなり、きつく勇作の舌を食むとさすがに痛かったのか、唇が離れていく。
「はあっ、ふっふっ……兄様と交わす接吻は、不思議です。どこか安心してしまう自分が居て……離したくなくなるんです。兄様を、腕の中から出したくない……もうずっと、ここに居て欲しい……」
 その尾形の心を見透かしたような、慈愛ある言葉に何故か涙が出そうになる。
 だから、勇作とは離れられないのだ。
 まるで磁石のように、いつまでも惹かれ合う二人なのだった。くっ付いては離れ、離れてはくっ付いて、そして二人の愛は深まっていく。
 いつまでも、どこまでも。
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