待チ焦ガレ


 何も言えなくなった尾形だ。まさか、腹違いといえど実の兄に対してこんな劣情をあの勇作が抱いているとは。誰からも愛される勇作の片恋相手がまさか、自分だとは。
 一気に優越感に支配された尾形は思わず身体を震わせてしまい、満面の笑みを浮かべる。
 もう、勇作は堕ちていたのだ。自分が堕とす前に、既に堕ちていた。
 これで身体も堕とせばすべて尾形のモノになる。あの勇作が自分のモノになる。何たる優越か。いま彼の気持ちを完全に堕としておけば後々、コトも運びやすくなるだろう。
 だがしかし、この胸の熱さは一体、なんだろうと思う。勇作に告白された時から、胸が熱くて仕方が無いのだ。
 優越感とはまた違った何か、としか言いようのないそれは尾形の身体と心を蕩かし、すりすりと勇作の頭を撫でてやる。
「泣かなくてもいいんですよ、勇作殿。弟が兄を好きで何かおかしいですか? 例えそれが……肉欲を孕んでいたとしてもいいじゃないですか。俺は……構いません。勇作殿、泣かないで俺を見てください」
「あに、さま……?」
 勇作が涙で濡れた顔を上げると、それは泣き顔ながらとてもきれいなもので、涙で濡れた頬を両手で包み込み、笑ってみせる。
「俺は笑っているでしょう? それは、勇作殿の気持ちが嬉しいからですよ。兄弟だからってべつに、本人同士がよければ俺はいいと思ってます。何より、勇作殿の気持ちですから。大切にしたいです」
「あにさまっ……では、私の気持ちをその、受け入れて、くださると……?」
 無言でこくんと頷き、戦慄く唇にちゅっと口づけを落としたその途端、視界が動き、何事かと思う間もなく勇作に抱きかかえられたまま布団に沈んでおり、首元に顔を突っ込んで号泣する勇作の背に腕を回し、ぎゅっと抱く。
 また、胸が熱くなってきた。そして、少しの苦しさも混じったそれの正体が分からず、困惑する尾形だが、勇作は構わずに激情をぶつけるようにして身体を掻き抱いてくる。
「離さないでいてください、勇作殿。俺をもう、離さないでいて欲しいっ……!!」
 自分の言った言葉の意味も分からず、ついのどから出てしまっいそれにも戸惑うと、徐に勇作が顔を上げ、至近距離で視線を合わせてくる。
「私は兄様を、愛していても許されますか……? 兄様は、それを許してくださる……?」
 尾形は知らず笑みながらこくんと大きく頷くと、つうっと勇作の眼から涙が零れ落ち、それは頬の丸みに従って流れていき、あごに雫を作って溜まったそれは尾形の上にぽたぽたと落ちる。
 尾形はその勇作の頬を包み込み、そっと眼を瞑ると意図が分かったのだろう、唇に柔らかで温かな感触が拡がる。
 柔らかくて甘い、勇作の唇だ。
 胸が熱い。唇も熱いが、胸が熱くていっぱいで、何が自分に起こっているのかも分からないまま、勇作との口づけに溺れる。かなり激しいそれは尾形の思考をだんだんと蕩かしていき、遂には何も考えられなくなり、口のナカを甘い舌が這い回って、口づけはますます激しさを増していく。
 まるで、勇作の気持ちをぶつけられているようだ。思い切りブチ当たって、尾形の心の壁を壊そうとしているような、そんな気分になってくる。
 実際、かなり心揺れているのは確かだ。いま唇に触れている勇作に、少なからず愛情を抱き始めている自分を、確実に感じる。
 想い合ったって、仕方がないのに心はそう言ってくれない。勇作の激しいまでの心に引き摺られていく。
 怖くなり、口づけを解こうとするが許されず、さらに唇を強く押しつけられ、角度を変えて何度もキスされる。
 そのうちに尾形に芽生えたのは、切ないという気持ちだった。自分なんかを好きになったって、報われるはずはないのに、勇作は不憫な男だ。
 いずれいつか、きっと裏切ることになる。予感がするのだ。それが分かっていながら、何故勇作の気持ちを受け入れようとしているのか。
 けれどそれでも、束の間でいい。勇作の気持ちを受け入れ、愛し合ってみたい。それがどんな結果を生むのかは分からないが、ここで突き放すのは間違っている。
 勇作の愛に溺れたい。何も考えられなくくらい、勇作を想ってみたい。それが例え、どれほど不毛だとしても、無駄だとしても愛したい。
「ん、勇作、どのっ……あ、はあっはあっ、んっ、はあっ……もっとして、してください。接吻してっ……」
「あにさまっ……!! あに、あにさ、兄様っ……!! はあっはあっ」
 自分の中に生まれた信じられない想いに戸惑いながらも、咥内に入り込んでくる勇作の舌を愛おしく思いながら絡め舐める。
 気持ちを自覚した後だと、さらに口づけが気持ちよく感じる。
 ふっとした拍子に口づけが解かれ、至近距離で見つめ合う。
 勇作の瞳は情熱の炎を纏ったかのように眼の奥で何かが燃えていて、まるで燃やされてしまいそうだ。
 心が、勇作によって燃やされ消えてしまう。そして最後に残るのは、勇作を想う燃え滓だけだ。
 それもきっと、幸せだろう。
 勇作になら、殺されてもいい。寧ろ、殺して欲しい。でないと、いま以上に勇作を愛してしまう。それだけは避けたいが、最早ここまで沼に嵌まってしまってはもう抜け出せないだろう。
 二人は無言で布団に沈み、互いの身体を抱きながら体温を分け合いそして、眠りについた。
 そして、その後のこと。
 勇作はよく尾形を兵舎の自室に誘うことが多くなった。尾形は、それを拒否することを止め、ひたすらに勇作の愛に溺れることにしたのだ。
 今も、勇作の自室に向かっている最中だ。
 扉を開いて一歩踏み込めばそこは、二人だけの空間に早変わりする。
 ゆっくりと廊下を歩き、勇作の自室の前で足を止め、そして声をかける。
「勇作殿、俺です」
 するとすぐに開く扉。
 中へと足を踏み込ませると、すぐにでも身体に腕が巻き付き、抱き寄せられて背中に腕が回り、すっぽりと勇作の腕の中に入ってしまう。
 するとかおる勇作の優しいにおいと温かな体温。そして囁かれる愛の言葉。
「あにさま……愛しています。好き、兄様……」
「俺もですよ、勇作殿。俺も……俺もです。だからもっと言ってください。好きだと、愛していると」
「兄様っ……!!」

 さて堕ちたのは一体、どっちだ?

Fin.
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