All love forgotten
急に従順になった彼に戸惑いを覚えながらも優しく接吻してやると「はあっ……」と口づけの合間から熱く甘い息を吐き出し、とうとう無抵抗になったのをいいことに首元に顔を埋め、軍服と見えている肌の間に口づけを何度も落とす。
「や、ちょっと、待っ……ま、待ってください! あっ……!!」
「つきしま、嘘はいかんぞ。全部、覚えているだろうお前は。自分が何をしたか、言ったか……細部まで、覚えているはずだ」
「それは……あなたの妄想でしょう。自分の考えを押しつけないでください、朝っぱらから。上から、退いてください。でないと、力づくで退かしますよ」
「ほう? やれるものならばやってみろ。私とて、伊達に鍛えてはいないからな。それに、いいのか退けて。お前はそれで、後悔はしないか? よく考えてから行動に移せ。よくお前に言われている言葉だ」
すると悔しそうな表情を見せたが、すぐにそれは戸惑いに変わり、黒目が揺れ始める。
「どうして、あなたはそうなんですっ……何故いつも、そうなんだっ……! あなたは真っ直ぐ過ぎる! 私と居るところが違う!! どうしてそれが分からないんですか!! あなただって、気づいているはず、私の持つ闇に。気づいていないとは言わせない。だから、離れようと……巻き込みたくないんです!! あなたを大事にしたい、だからもう私を追うことは止めて、違う、明るい方へ行ってください。大切にしたいから、だから……どうか」
じわっと月島の両眼に涙が湧き、目尻から流れ落ちていくそれを眺めながら、私は言ってしまっていた。互いの何も知らないのに、月島の闇が何なのかも知りもしないで、言ってしまった。
「月島……私たち、交際、交際を……しないか。私の、想い人になって欲しい」
「は……? え、はっ? こう、さい……? 私と、ですか。私は男ですよ。女じゃありません」
「そんなことは百も承知の上で言っている。私たち……お付き合いをしないか。私はお前に、恋人として傍に居て欲しいと思っている。お前の、一番傍に居たい」
「本気で、言っているんですか。私と付き合うなどと、ばかなことを言って何になるんです!! 私はいけないと言いましたよね。だめなんです、私は!!」
泣きながら怒鳴られ、痛々しい表情を浮かべる月島の眼に浮かんだ涙を口づけで吸い取り、そっと目尻に親指の腹を当てて涙を拭い、笑んで見せる。
「もう知っているだろうが……改めて言う。私はお前が好きだ、月島。ご交際、おねがいします」
すると、さあっと月島の顔が赤く染まって、唇が戦慄き始める。
「な、な、なっ、なにをっ……自分が何を言っているか、分かって、そんなことをっ……」
顔を近づけ、至近距離まで迫りそして額に口づけ、鼻の頭に両頬、最後に唇に接吻を落とし、最後にもう一度だけ唇に強く自身の唇を押しつけ、柔らかく吸ってから離し、吐息の触れ合う位置でまた笑み、愛の言葉を投げかけた。
「好きだ……月島。私はお前が、とても好きなんだ。……愛してる、だからもう一度言う。付き合ってくれないか、私と。お前が頷くまで、離さない」
そう言って唇に何度も口づけると、みるみるうちに月島の顔色がどす赤くなり、涙で湿った眼を何度も瞬かせている。
「そんな、ことって……」
「つきしま、うんと言え。はいと言えば、私たちの交際はその時から始まる。勇気を出せ。そして、私の手に堕ちてきて欲しい。幸せにする。必ず、お前を幸せにしよう」
すると、ピクッと月島の身体が一瞬跳ね、こちらをじっと見つめてくる。それに笑みで返すと、小さな声が聞こえた。
「しあわせに……私を、幸せにしてくれますか? 約束、できますかそれは。闇から、救ってくれると?」
「私の全身全霊かけて、お前を幸せにできるよう努力しよう。では、付き合ってくれるな? 交際、してくれると、そういうわけだな?」
すると月島は顔を真っ赤に染めながら、ゆっくりと頷き、照れているのか口元に手を持っていって眼に涙を溜めながら、もう一度今度はハッキリと首を縦に落とした。
「は、はい……お付き合いを……交際、交際……します」
「本当だな!? 付き合うということがどういうことなのか、分かっているだろうな? 今までとは違うのだぞ。接吻したり、その……に、肉体関係も含めてそういった、所謂アレも含めての」
「分かって、分かってます。ちゃんと、分かってますから。はい、あなたとお付き合いを……始めたく思います」
その日から、私と彼の所謂、肉体関係を交えた付き合いが始まった。
だが、あれは言うべきではなかった。今になって思うことだが、あの提案こそがそもそもの間違いだったのだ。あの時は浮かれていたし、必死にならなければ彼は手に入らないと思っていたが、必死、必死じゃないではなく、彼はそこには居なかった。
どこにも、居なかったのだ。私の傍にも隣にも、何処にも、彼を見つけることができなかった。そういう、ことなのだと思う。
けれど、あの時の笑顔は嘘じゃなかったと思いたい。私の腕の中で嬉しそうに笑う、彼のあの笑顔だけは、本物だったと。
その後、茶屋にいる時間を金を余分に支払うことで延長してもらい、絡み合って一時間を過ごした。彼はずっと笑顔でいて、私が何をしても逃げなかったし、いくら接吻してもいやな顔一つせず、ただただ優しく受け止めてくれた。愛撫まで及んでも、服をはだけても吸いついても、彼はいつまでも笑っていた。
何も知らない無邪気な子供のように、いつまでもいつまでも、笑っていた。