All love forgotten


 ちゅっちゅと、微かな水音が立って、それにも興奮してしまい、唇だけでなく頬やあご、額にこめかみなど、顔の至るところに接吻を送ると、さらに彼の顔が赤くなり、緩い抵抗を始めた。
「それでいやがっているつもりか? お前の方こそ、こういうことが好きなのだろう。お前は、愛される方が似合ってる。愛してやりたい、私の手で、口で……身体で、お前を愛したい」
「だ、黙ってくださいっ……! あなたみたいな子どもに、なにができると」
「さあ? それは分からんぞ。お前の気持ちを動かすことだって可能かもしれん。試してみたくないか? 月島、どうだ」
「……そういうことは、聞かないのが礼儀ですよ。言ったでしょう? 奪えるものならば奪ってしまえばいいんです。少なくとも、私に関しては。他は知りませんが、私から何か奪えるのなら、そうしてみてください。あなたにできるなら」
「言ったなっ……!」
 すぐ傍に唇があったので吸いつき、唇を舐め上げる。そしてもう一度接吻して、また啄むように吸うと、何故か月島が笑った。
 何か企んでいるような笑みではなく、純粋に満足をしているような、そんな感じの笑顔を浮かべ、上目遣いでこちらを見てくる。
「私を奪うには……未だ足りませんね。全然、足りない……もっと、もっとして、いろんなことを、たくさん……してください。私にください、あなたのいろいろなモノを。欠けてい部分を、補って……」
 首に腕が回り、引き寄せられると擦り寄ってきたので私も同じように擦り寄ると、熱い頬が頬に当たり、かなりの熱を発していることを知らせてくれる。
 だが何故だかそれがやけに心地よく、気持ちイイ。
 しかし、妙なことを言うと思った。欠けている部分とは、何処を指しているのだろう。考えてみれば妙な日本語だ。
「つきしま……?」
 思わず名を呼んでしまうと、彼は少し悲し気な表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。
「私は……欠陥のある人間です。ですから、あなたのような人と居るのは、少し……つらくて、そして、嬉しい。けれど、すぐに戻ってしまうんです。欠けた部分を埋めてもすぐにまた欠かしてしまう。無くしてしまうから……その穴は、あなたに埋めて欲しい……日の当たるところにいるあなたなら、それも可能でしょうから。だから奪ってと言ったんです。奪って治して、また、私に返してください。完璧に治るまで、もう返さなくていいから……あげますから」
「何を言っている月島。欠けている……? お前がか。なにを……言って」
 少しだけ月島の眼が潤んだのが分かった。けれど、涙は零れずに眼の中でゆらゆらと泳いでいる。
「あなたに、全部あげる……」
 その言葉を聞き、何か自分の中でなんとなく、火が付いたと思った。燃えてはいけないところに火をくべたような、そんな気分だ。
「月島っ……!!」
 シャツの裾から手を入れて、肌を舐めるように撫でながらだんだんとシャツをたくし上げていく。
 傷だらけの身体だ。
 肌に口づけたかったが、未だ月島の腕が首に引っ掛かってなかなか思うように身動きが取れない。
「月島、腕を……つきしま?」
 顔を上げて見てみると、なんと月島は眠ってしまっていて、目頭に溜まった涙がすうっと重力に従って落ち、健やかな寝息を立てて、本気で寝てしまっている。
 そっと首から腕を外し、ごろんっと月島の隣に横たわって寝顔を見つめる。まるで、幼子のような表情を見せると思った。
 思わず胸をあやすようにぽんぽんと叩いてしまうと、一旦息を大きく吸って吐いたが起きることはせず、ひたすらに規則正しい呼吸を繰り返している。
 もしかして、今までの行動は。
「酔っ払っていた……? とかそんなオチじゃないだろうな、まさか」
 けれど月島から返事はなく、勃ったアレが気になったが月島が傍に居たのでは自慰することもできず、我慢に我慢を重ね、彼に寄り添う形でそっと目を瞑り、眠りの暗闇へと身を投げたのだった。
 そして、朝起きると、隣には月島が居てかっちりと軍服を着込んだまま、私の身体を囲うようにして腕を回していて、その温かな懐を感じ寝ぼけながら名を呼ぶ。
「ん……月島……?」
 するとさっと腕が引かれて離れていき、なんでもない顔をして布団から出てしまった。
「おはようございます、鯉登少尉殿。さ、着替えてください。茶屋を出ましょう。今なら兵営の朝食にも間に合うはずですから」
「いや……なにか、定食でも食べて帰ろう。兵営へは……未だ、帰りたくない」
「そうですか。では、着替えてください」
 ずいっときれいに畳まれた軍服の上下を差し出され、それを受け取るつもりで腕を伸ばし、月島の腕を取ってそのまま布団へと押し倒す。
「つきしま……接吻を」
「何か、勘違いをされているようですね。昨日のことは、私は忘れました。酔っていたし……」
 瞬時に分かった。嘘だと分かる嘘を何故吐くのか分かりかねたが、彼は嘘を言っている。覚えているはずだ、昨日の何もかもを、彼は。
 怒りという衝動に任せ、無理やり口づけると強い抵抗に遭ったが、それでも挫けず、ひたすらに彼の唇を奪い続けると、まるで情熱に絆されたかのように、大人しくなっていくのが分かった。
 もしかしたら諦めただけなのかもしれないが、その時の私にはそう思えた。
7/10ページ