All love forgotten


 ぬる、と体液が頬に塗りつけられ、そのまますりすりと撫でてくる。
「鯉登少尉殿、いいんですよ。私はこの通りですし……あなたの、好きにしてくださっても、許されます。さて、あなたはどうしますか? 止める? それとも……」
 言葉を切った月島の顔が近づいてくる。動けもせず、そのまま吸い込まれるようにして見ていると、唇にふわっとした柔らかな感触が拡がり、月島と接吻をしていることが分かった。
「つ、き、しまっ……」
「鯉登少尉殿……きて、ください。でないと……分かりますよね」
「つき、つ、つき、つきしま、月島っ……!!」
 理性を無くし、衝動の赴くがまま彼の身体を布団へと押し倒してまずは、唇を奪った。そういう表現が正しいほどに乱暴に、口づけていた。
 魅惑の誘いに、とうとう乗ってしまったのだ。あれは、彼が悪かったのか私が悪かったのか。どちらなのだろう。きっと、どちらもなのだろう。誘った月島も悪ければ、乗った私も悪かった。
 きっと、そういうことなのだろうと思う。
 だがその時の私はそんなことは考えもせず、ひたすらに彼の身体を貪るべく、必死になっていた。それくらいには、もう彼のことが好きだったのだ。
 彼が私を好きになるには未だ早い頃にはもう、引き返せないほどに強く惹かれていた。もはや、温度差が違う。彼の私に持っている感情と擦り合わせようとする方が間違っていたのに、あの日の私は完全にどうかしていた。
 言い訳も見つからないほどに、私は彼、月島の身体が欲しかった。ただそれだけで動いていた私は、ただの愚か者だったのだ。
 きっと、月島もそう思っていたと思う。だが、許してくれた。心では裏切っていても、我慢強い彼のことだからきっと、あの時も我慢していたのだろう。
 でも、その割には吐息は甘かったように思う。口づけた端から、彼は感じていたようでもあったし、たまらないといった風に吐く息には、色があったような。
 自分だけの解釈では割り切れない何かが、あの時の月島には確かに存在した。
 匂い立つような大人の色気というものに、すっかりやられてしまった私は、狂ったように彼の唇に唇を押し当てていた。まるでそれしか知らない生き物のように、夢中になって貪った。
 それを、彼は抵抗するわけでもなく大人しく受け止め、そして応えてくれた。先ほど言い放った文句とはまったく真逆に、彼も私に口づけてくれ、そして同じように唇を押し当ててくる。
 色事の何も知らない私はただただ、力づくで彼を蹂躙した。すると、彼がそっと私の両頬を手で包み込み、訳の分からないただただ優しい笑みを浮かべ、そっと顔を寄せてきたので何事かと、身体の動きを止めると、それは柔らかい口づけが降ってきた。
 まるで、接吻はこういう風にするのだよと言われているような、指南のような口づけをされ、それに驚いていると、さらに彼は大胆になって唇を舐めてきた。
 彼の味は甘く、そして少し香ばしくもあって不思議な味がしたが、いやな味ではなく寧ろ、興奮を呼ぶ味をしていて、その舌がぬるりと咥内に入って来た時は驚きを通り越して、呆然とした。
 何故、彼から接吻をされているのかと、疑問符が頭を飛び交い、後にやってきたのは激しい欲情だった。
 月島から誘ってきたのだから何をしてもいいだろうといった勝手な解釈の元、口のナカへと入ってきた彼の舌を柔らかく食み、ぢゅっと音を立てて吸うと大量の唾液が咥内に溢れ、のどを鳴らして飲み下すとふわっと彼のにおいが鼻に立ち上ってそれも気持ちよく、夢中になって舌ばかり吸った。
 すると、それはいけなかったのか柔らかな舌は拒絶するように動き、私の舌を押してきてそのまま、舌ごと押し返されて今度は私の咥内で彼の舌が積極的に動く。
 その舌の動き一つとっても慣れ切ったもので、優しく官能を引き出すように動くその舌は、少しぶ厚くて何だかひどくやらしいもののように感じ、思わず首を振って口づけを解いてしまう。
 私の息は完全に上がっていたが、彼はただ頬を真っ赤に染め、うっとりと笑ってみせてきた。
「何故……止めるんです。もっと、させてください。したくないですか……? 私と、接吻……それとも、違うこと?」
「ちがう、こと……?」
 私の戸惑いを笑うように、彼は色気を見せて笑んできて頬を包んでいた手をずらし、親指の腹で誘うように下唇を撫で始めた。
「分かっているでしょう? この先に何があるのか……あなたの、したいこと、してもいいんですよ」
 そこで、少し我に返ることができた。
 私のしたいこと。
 彼には分っているということなのか。私には、何しろ色事の経験が無いので何をどうしたらいいのか分からない。けれど、彼は私のしたいことと言う。
「していいんですよ、あなたが私にしたいこと全部……」
「したいことと、言われても……わたしには、私は……その」
 経験が無いといった言葉は口にできなかった。というより、させてもらえなかった。
 というのも、彼が口づけてきたからだ。
 ちゅ……と音を立てて唇を吸われ、鼻と鼻がぶつかるほどの至近距離で、彼が色気を醸し出しながら笑う。
 その眼には確かな欲情が滲み出ていて、まるで燃えているみたいだった。発情、しているのだろうか。
 確かに、彼のアレは勃っていたし触ればきっと悦ぶことは分かっているが、どうしても身体が動いてくれない。
「どうしました。……怖気づきました? 獲物を目の前にして。男でしょう、あなたは。どうして奪わないんです」
 挑発してくると思う。思い切り誘われているのが分かるが、どうしても動けない。彼の迫力がすごすぎて、実際、怖かった。欲情している彼が、あの時はとても怖かったのだ。
「奪うって……奪うとは何だ。私はお前を奪いたいわけじゃない。ただ……ただ、お前のことを、私は」
「それ以上聞きたくありません。いいから、奪ってください。待っているのに……あなたは奪えない男ですか。でしたら、ソノ気にして差し上げましょうか?」
 何を言っているのか分からず、思わず黙ってしまうと股間にするりと彼の手が触れ、意識せずに勝手に身体がビグッと跳ねると彼はそれに対し、満足げに笑い顔を寄せてアレに擦り寄ってくる。
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