All love forgotten


 彼はぐっすり眠っているし、少しくらいならいいだろう。悪魔の囁きが私を動かす。
 自分も軍服を脱ぎ、下着一枚になったところで布団を持ち上げ、そして月島の隣へ身を滑り込ませる。
「つ、つきしま……?」
 返事はなく、ひたすらに眠っているようで寝息しか聞こえてこない。
 初めは背を向けていたが、ゆっくりと月島の方を振り向き、腕を伸ばして月島の身体に回し、そしてぐいっと引き寄せるとふわっと、温かなかおりが鼻に掠り、次いですぐに彼の体温で身体が温まってくる。
「つきしま、月島っ……!!」
 さらに身体を寄せて首元に顔を埋める。彼からは石鹸と、後は彼自身の持つかおりがして下半身に力が漲ってくるのが感じられる。
 ぴたりと身体に張り付き、手で胸を撫でる。平たい胸だ。それはそうだろう、月島は男でそして私も男なのだから平らなのは当たり前で、寧ろ膨らんでいる方が不自然だ。
 しかし、そこでふと自分が何をしようとしているか一瞬我に返るが、それはたった一瞬だけに終わり、ごそごそと手を下へと持っていって股間の膨らみを撫でてみる。
 眠っているからかあまり膨らんでいる様子はなく、ふんどしの布地が手に当たるそれがやけに現実めいていて、いたずらにさらさらと股間を撫でているといきなりだった。
 がっしと彼の身体をいじる手首を握られ、月島の冷静を絵にかいたような声が部屋に響く。
「いけませんよ、鯉登少尉殿」
「っ……起きていたのか! つ、月島、わたし、私はお前を」
「だから、いけません。それは、持ってはいけない感情ですよ。私に抱いても、応えることはできません。最初に言っておきますね。何をされても、あなたには靡かない。分かったら大人しく寝てください。おやすみなさい……」
 カッと頭に血が上る。どうしようもなく、強い衝動に突き動かされてしまった。思えば、過ちはあそこから始まったのだ。
 制され握られていた手を解放され、その手をじっと見つめる。
 言われた言葉が衝撃的過ぎて今はただ、傍に居る月島のことしか考えられなくなっていた。いや、考えたくなかったのかもしれない。
 だからこそ、手を伸ばした。手に入らないのならば、堕とすまで。堕ちて来ればいい、私の居るところまで、堕としてやる。
 そういった獰猛な感情が芽生えてしまい、振り払われた手で月島のあごを捉え、後ろに振り向かせる形でぐりんと首を回し、無防備な唇へと口づけるとすぐにでも強い抵抗に遭った。
「んやっ……! や、止めてください!! 何を考えているのですか!!」
 暴れる月島を抑え込み、またしても唇を奪う。すると、唇に柔らかで、そして熱い感触が拡がり、初めて交わす接吻の味に夢中になった。それがまた、いけなかった。それでもその時の私にはそれしかなかった。今いる時間こそがすべてであって、無防備な月島を前に、どうしても歯止めが利かなかった。
 もっともっとと求める心ばかりが先走り、さらに強く唇を押しつけて月島の柔らかな唇を舐めたりもした。
「んっ……や、だっ! こ、鯉登少尉っ!! 止してください!! いやです!!」
 身を捩っていやがる月島だったが、それすらも興奮材料となり、さらに口づけを深くしたところだった。
 ふっと、突然月島の抵抗が止み、あごを捉えていた私の手に彼の手が重なったが、その手は燃えるように熱く、少しだけ、震えていた。
「はっ……あ、鯉登、少尉殿……」
 急に甘くなった声に戸惑いが隠せず、思わず唇を離して至近距離で月島の眼を見ると、そこには欲情に濡れた眼の中にも、困惑の色が浮かんでいて黒目が細かく揺れている。
「つきしま……私、わたしは……」
「いい、何も言わないでください。何も言わないで、したいことだけをしてください。私はもう、抵抗もしなければ協力もしませんから、どうぞ、お好きに……」
 多分だが、この言葉に歓喜して手を出してしまえば楽だった。けれど、私は逆に怒りが湧いてしまったのだ。何もかもを投げ出したようなその物言いと態度に、心底腹が立った。
 だから、誘いに乗ることはせずに逆に怒鳴り散らしてしまったのだ。
「なんなのだ、お前は!! 何故そんなに簡単に諦める!! 自分のことをもっと、大切にしろ!! 自分を大切にできない人間は他人も大切にできない!! 何故それが分からない!! もっと、月島……自分を、大事にしろ。投げ出すものではない。私が、悪かった……」
「鯉登、少尉殿……」
「もう、今夜は寝よう。私も頭を冷やす。……本当に、悪かった。済まない、月島」
 そっと離れると、月島がその後を追ってきて私の手を両手で取って、胸に押しつけてきた。布越しにも分かる、月島の高い体温。
「このまま……放るつもりですか。私をソノ気にさせておいて、眠れるとでも? あなたがやらなければ、私は今ここで独りで自分を慰めることになりますが、それでもいいと、あなたは言う?」
「い、いいのか。月島、私で本当にお前はいいのか。触れるのを……ゆ、許してくれると、そう言っているのか。だったら……」
 言葉は続かず、思わず生唾を飲み込んでしまう。
 了承の返事をされたら、どうしようか。そればかりを考え、じっと月島を見ていると、彼は無言でふんどしを脱ぎ、シャツ一枚だけの姿になってちょんっと正座して、私に向き直ってきた。
 彼の身体の中央には勃ったアレがゆらゆらと頼りなく揺れていて、自分でその先端を撫でると、手と先っぽが糸を引き、濡れた手で頬を包み込んできた。
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