All love forgotten
食事が終わると、月島はやたらと兵営へと帰りたがった。私としては、もう少し何処かでお茶をして帰ってもいいと思っていたのに、彼は断固として何処にも寄ろうとせず、眠りたがった。
ある時に知ったのだが、彼は心に負担がかかるとやたらと寝たがる。もしくは、寝てしまう。だからあの時もきっと、私は彼にとってその時から負担な存在だったのだろう。
何しろ、病的なまでにベッドを欲しがるのだ。それも、寝慣れている兵営のベッド。一刻も早くそこへ飛び込みたいらしく、だんだんと歩く足が早まり、私はあの時いたく戸惑ったものだ。
どうすれば未だ彼と同じ時間を過ごしていられるのか、そればかりを考えてばかりで、徐々に不機嫌になる月島が、怖かった。
まるで気持ちが反対を向いている。
気持ちを通じ合わせて数時間も経たないうちに、もう心が離れかけているのだ。続くはずがない。それすらも分からず、ばかみたいに必死になり、彼の心をもう一度掴むべく必死になっていた私は、随分と格好悪かったと思う。
好きならば、ずっと一緒に居たいものではないのか。私の根本にはいつもそれがあったが、彼は違った。
すれ違いの綻びはもう、既にそこから始まっていたのだ。
見えてきた兵営を前に、何とか彼の気持ちを引き寄せたくて、無理な提案をしてしまった。
「あ、あの月島っ、眠りたい気持ちはよく分かった。だから……私も寝不足だし、仮眠を取りつもりでいるからよかったら……私の自室で一緒に寝ないか。寝相は多分、悪い方ではないと思うし、お前の邪魔にはならないと思う。だから……一緒に、寝て欲しい」
「え……」
いやだと言われること前提で話すのは淋しいが、どうしても一緒に眠りたかった。折角心を通わせたのに、すぐに離れてしまうのは何だか違う気がしたのだ。
「つきしまっ……!」
懇願に近いような声が出ると、月島はなにかを諦めたような顔をして、小さく頷いてくれた。
「どうしてもと言われるのであれば、一緒に寝ます」
「そ、そうか!! ならば、寝間着は貸すから早く私の部屋へ行こう。お前の機嫌が悪いのはきっと、眠たいからだな。昨日はその……夜遅くまでいろいろ、やっていたし、私が悪かったな。さあ、もう少しでベッドだぞ。頑張れ月島」
するとその言葉の何が面白かったのか、くすくすと笑い始めぽんっと背中を優しく叩かれた。
「そういうところ、とても好きです」
接吻したい。そう思ったが、既に兵営の敷地へ足を踏み入れている。私の部屋に着いたらすぐにでも接吻を。
そんな邪なことばかりを考えて歩いていた。彼に関しては、そういった肉体的な繋がりというもののことをよく考えていたように思う。
それが恋や愛だというのなら、やはり私は月島に惚れていたのだ。それはもう、どうしようもなく。
兵営はいつもの兵営で、変わったのは私と月島の関係だけ。
いつもと変わらない日常が非日常に思える。隣を歩く月島にちらちらと視線を送りながら廊下を歩き、そして私の部屋へと着くと早速、月島を部屋の中へと入れて自分も入り性急に部屋の扉を閉めて彼の身体を後ろから抱く。
外の冷気で身体は冷たかったが、それでも鼻を近づけると確かに彼のかおりがして、さらに強く抱くと、腕の中で少し身じろぎされたのでそっと腕を緩めると、正面向いて抱きつかれてしまい、その身体を改めて抱く。
彼から軍帽を取り上げ、パッとそれを放るとテーブルセットの上にちょうど着地し、そのまま首元に顔を埋める。
「つきしま……はあっ」
「……眠たいのですが、鯉登少尉殿」
「だったら煽らなければいい。接吻したい、月島……」
顔を近づけると、彼も応えてくれ唇と唇が触れ合う。柔らかな唇だ。そして、甘い。他の人間と接吻などしたことが無いので分からないが、彼は甘いと思う。
身体も、甘いのだろうか。
彼といると何だか私はひどく、やらしい人間になったような気分になったものだ。いつも助平なことばかり考えていて、情けなくそして恥ずかしかった。
けれどもそれ以上に、彼は魅惑的でいてそれで魅力的で欲しいという気持ちにすべてが塗り潰されていくような、そんな気分がしたものだ。
今から思えば、抱いてはいけない気持ちだったのだと思う。だから、彼は言ったのだ。こうなる前に、忠告してくれたのに私は何故、それを聞かなかったのか。
ただ、腕の中に居てくれるのが嬉しくてたまらなくて、あの時はそれだけだった。綻んでいくのを、いつなら止められたのか。
そんなことも考えず、眼の前にある唇に食らいつき強く吸って啄むように唇を何度も吸った。すると、彼も同じように私の唇を吸い、そして咥内へと舌が入ってきたので慣れない接吻だが、それでも必死になって彼の舌を絡め取り、そして擦り合わせる。
「ん、んンッ……んは、はあっ、はあっ……こい、と、少尉、どのっ……」
ひしっと背中に月島の腕が回り、息を乱してさらに強請られる接吻に酔った。随分積極的だと思ったが、それは思っただけに終わり、ちゅっちゅと音を立ててひたすらに唇を合わせて吸う。
やはり、甘い。
「ん、つきしま、甘い……クセになる。好きだ、好きだつきしまっ……!」
「こい、と、少尉殿、いけませんこれ以上は……」
「何がだ? 何がいけない。私とお前は想い人同士だろう? もっと、知りたい……お前を知りたい」
そのままずいずいと足を進めると、自然月島は後ろ歩きになり、ベッドへと押しやってそのまま押し倒し、首元へと顔を埋め大きく鼻を鳴らしてかおりを嗅ぐ。
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