All love forgotten
してはいけないことだと分かっていたのに、何故私は仕出かしてしまったのだろう。
それが愛ゆえ、ということなのならば、愛など要らない。彼を、月島を傷つけてしまう前に、捨てておけばよかったのだ。
それが、私の愛だというのならば。
禁忌を犯した私の気持ちは一体何処へ向ければいいのだろうか。
ちらりと後ろを見ると、そこには兵営の自分の自室のベッドがあり、その上には尻から血を流して顔を青くして気を失っている私の好きな月島が、倒れている。
こんなものを愛と呼ぶのならば、私はきっと何処か壊れているのだ。でなければ、こんな惨い真似を好いている人間に、それも愛を覚えている人間にできるはずがない。
月島の私を慕う気持ちを逆手に取り、言葉にもできないようなことをしてしまった私はきっと、許されないだろう。
例え神が許したとしても、月島は許してくれない。許す要素が一つもない。
けれどこれだけはせめて、言わせて欲しい。どうか一言。
「……愛してる、月島、お前だけを私はずっと……」
すると、ぴくっと少しだけ月島の身体が動いたが、すぐに静かになった。目を覚ましたくないのだろう。その瞼を開ければ、恐ろしい現実が待っている。
私が彼に働いた暴行という名の、現実。
こんなはずではなかったのに。何処で食い違ってしまったのだろうか。歯車は、何処で狂った?
私には分からない。いや、分かりたくないのかもしれない。
そもそも間違いがあるとすれば、私と彼は出会ってはいけなかったのだ。
出会い……そう、彼と初めて出会ったのは鶴見中尉殿がきっかけだった。月島はとても頼りになるからと、そう言って引き合わせてくれたのだが、始めて彼を見た時の印象はあまり良くはなく、どちらかというと負の感情の方が大きかった。
硬そうで、融通の利かなさそうな面白みのない男だと勝手に決めつけたが、鶴見中尉殿が居なくなると、月島は人懐こそうな顔を見せて笑ってくれた。
「これからよろしくお願いいたします、鯉登少尉殿」
思えばあの一言と、笑顔が惹かれるきっかけになったかもしれない。少なくとも、自分の中では印象が見事にひっくり返り、すぐに好きになった。
恋愛感情という名で惹かれていくのには充分な笑顔を向けられ、勝手に手が出ていた。
「こちらこそよろしく、月島軍曹」
握手を求めた手は身体に見合わない大きな手で、握り返されると、その確かな力強さと熱い体温を感じ、何だか感動してしまったものだ。
これからは、この男が傍に居てくれるからなにもかも大丈夫だと、何故か思えたあの握手をきっと、私は一生忘れないだろう。
あの手が、好きだったのに。自分から手放してしまった。もっとも愚かな方法で、傷つけてしまった。
私の大好きな月島をこの手で、壊してしまった。
けれど出会ってすぐのあの頃はそんなことも考えることなく、とにかく月島に頼りきりで甘えてばかりいた。
いま考えると恥ずかしいばかりだが、彼が私に優しいのをいいことに、無理を言ったりとにかく困らせてばかりいたと思う。
それでも月島は根気よく付き合ってくれて、いやな顔一つするわけでもなく、なんでも叶えてくれた。その優しさに溺れ切り、無理難題を言っては彼を試していたように思う。
いつ、見限られるのだろうか。
そんなことを想いながら彼の傍に居たが、彼は見限るような素振りも真似も見せず、自分のできる範囲でできることがあれば叶えてくれ、見返りもなにも求めることなく、いつでも傍に居てくれた。
あの優しさが、好きだった。大好きだった。
そのうちにだんだんと、現実味が無くなり自分が月島との思い出の海に浸っていくのを感じていた。
あれは、いつ頃だっただろうか。
初めて二人きりで外食をした日。記念日のはずなのに、いろいろな思い出に埋まって忘れてしまったがあれはきっかけはなんだったか。
「月島軍曹! 食事、夕食はもう摂ったか?」
兵営を歩き回り、歩いている月島を掴まえ聞いてみると彼は首を横に振った。
「いえ、未だですが。なにか?」
「私と一緒に食事でもどうだ? 日頃の感謝も兼ねて、お前と食事がしたい。その……初めてだろう? 二人で出かけるのは」
「え、ええまあ、構いませんが」
「では行こう! 今すぐに行こう! 何が食べたい? 私の意見はいいからお前は何がいい?」
しかし、月島はまたしても首を横に振り薄っすらと笑みを浮かべてくる。
「いえ、私はなんでもいいです。鯉登少尉殿が食べたいもので。お付き合いしますよ」
そのお付き合いという言葉にも、ドキッとしたものだ。何気ない言葉でも、月島が使うのとそうでないのとはまた、べつなのだとその時知った。
「あ、ああじゃあ……そうだな、なにがいいだろうか。私はあまり外食といってもしたことがないのだ。月島の喜ぶものでいいのだが、何が好きなんだ?」
「私は、なんでも食べてきたので何でも食べられます。ですが、では温かな蕎麦などいかがでしょうか。今日は冷えますし……北海道の秋は早いです」
そうだった。短い夏が過ぎ去って、少し冷えたあの秋の日に、月島と初めて外食をした。あれは、秋だったのか。
そうだった、あの日はよく冷えていて風が冷たくて……けれど、隣に月島が居るというだけで、心だけは温まったものだった。
「では、月島が美味しいと思うものを食べさせて欲しい。お気に入りの店とかないのか。あるだろう、一軒くらい」
「では、そこにしましょうか。案内します」
あの時、並んで歩く彼の手がぶらぶらとしていて所在無さげで、思わず握りたくなるのを必死で我慢していたのを思い出す。
あの頃は手さえも繋ぐことができなくて、そっと手を伸ばしては引っ込めることを繰り返していた。
歩いている道すらも、何故か特別に思えて知らない場所に行く楽しみもあったし、何より月島が好きなものが食べられるということで随分浮かれていた。
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