collection of short stories
アイヌ金塊争奪戦も終わりを告げ、鯉登と月島の第二の戦いが始まったある日のことだった。
鯉登は情事でハッスルした身体を鎮めるよう、同じく未だ荒く息を吐く月島の顔に何度も口づけを送り、ぎゅっと抱きしめると月島が照れ臭そうに、けれど幸せそうに珍しく声を出して笑った。
「なんだ、なにがおかしい」
「いえ、音之進はこういったことが終わると必ず、顔にたくさん接吻をするなと思いまして」
月島は鯉登と所謂、そういった仲になってからよく笑うようになったと思う。
付き合い始めたきっかけは暴走列車の中での鯉登の行動と言葉だったらしい。月島に告白をした時にそう言われた。
鶴見が居なくなり、改めて月島との関係を進めておきたいと思った鯉登は、重症だった月島の退院後、すぐに愛を伝えた。
月島はかなり動揺した風だったが、控えめに頷いてくれてそれから数日後、すぐに身体も奪って自分のモノにした鯉登だったが、何処かイマイチ自信が持てない。
だったら、抱きたいだけ抱いておこうと別れを切り出される前にそう決めてから、かなり月島を求める回数が増えた。
文句なく付き合ってくれている月島だが、本心はどうなのだろうか。
鯉登は至近距離でじっと自身を見つめてくる月島を見て、改めて布団をかぶり直しそして眠るように頭をしゃりしゃりと撫でてやり、また額と両頬、そして鼻の頭に唇、その順番にキスを落としてゆるりと笑ってみせる。
「おやすみ、月島」
「……おやすみなさい、音之進……」
すうっと月島が寝入ったのを見届け、鯉登も眠るべく目を瞑る。
明日はもう少し、月島が自分のことを好きになってくれるといい、そう願いながら眠りへと意識を飛ばした。
鯉登は、夢を見ていた。
場所は何故か鹿児島県に住んでいた自分の生家の一室で、大好きな兄とソファに座り父と母は眼の前に座っていて家族団欒している。
鯉登は平之丞によく懐いていたので、海城学校から帰ってきたりした時はそれは甘えてずっと一緒に過ごしていた。
「兄さあ、音之進のこと好き? 好きって言って兄さあー」
「んー? 兄さあはイイコの音之進が大好きだよ」
その言葉に若干不満を覚え、言い募って平之丞の膝によじ登る。
「音之進はいつだってイイコだもんっ! 兄さあに好かれる、イイコだもんっ!」
「そうだね、音之進はイイコだもんね。父上や母上は困らせてない?」
「ないっ!! 音之進はイイコだもん」
はははっと家族全員が笑い、鯉登も一緒に笑っていた。
幸せだったあの頃。
戦争が始まる前、一度だけ平之丞が家に帰ってきたことがある。あの時は皆、暗い顔をしており、子どもの鯉登だったが、戦争というものと将校になっている平之丞と平二が無事で帰って来られるかどうか分からないことくらいは知っている。
そして、平之丞が何かを言い、家を出るその時、鯉登は手を伸ばしていた。
「行かないでっ……行かないで兄さあっ!! だめっ、行っちゃだめ!! おねがい行かないで!!」
「いい? 音之進。兄さあや父上に何かあったら、母上を護るのは音之進だよ。……正直、帰って来られるかは分からない。でも、兄さあは立派な将校としての役割を全うしてくる。だから、行っちゃだめなんて言っちゃだめだ」
そんな平之丞の眼には涙が溜まっており、鯉登の頭を一撫でしてから立ち上がり、そして玄関へ向かってしまう。
「兄さあっ!! 兄さあ待って、待って!! 待ってー!!」
必死で呼びかけるが平之丞は玄関扉を開け、光る世界へと足を踏み入れたところで視界が大きくブレるのが分かった。
何事かと眼を開けると、そこには同じ布団で抱えて眠っていた月島の顔があり、その顔は心配そうに歪んでおり、しきりに身体を揺らしてくる。
「……音之進! ああ、目を覚ましましたか。いきなり隣からうめき声が聞こえて……驚きました」
「あ、ああ……ゆ、夢、か……はあっ、いや、夢ではないか。済まない月島、起こしてしまったな」
「そんなことはどうでもいいですが、大丈夫ですか?」
鯉登は寝汗でびっしょりの額の水滴を手首で拭い、上半身を起こして両手を見る。
「……兄さあの、夢を見ていた。兄さあは、私にとても優しかったから……眠る前、私がいつも月島に接吻を送るだろう。あれはな、兄さあが悪い夢を見ないようにと、まじないで接吻してくれていたんだ。それが、未だに忘れられなくて……兄さあが、好きだった。なのに、居なくなってしまった」
すると、同じく身体を起こした月島が汗まみれの鯉登の身体に抱きついてきて、あまりそういうことをするような性格をしていない月島のその行動に驚いていると、静かな声が耳に届く。
「では、今度は私があなたに接吻してあげます。こっちを、向いて……」
「……つきしま?」
「今度こそ、悪夢を見ずによく眠れるように私がおまじないの接吻をしてあげます。そうすれば、健やかな眠りがやってくるのでしょう?」
そう言って膝立ちになり、鯉登の頭を抱え込んだ月島が屈み込み、額に両頬、鼻の頭に最後は唇に口づけを落とし、柔らかく笑って両手で頬を包み込んでくる。
「あなたはもう、無力な子どもじゃない。私のことだって……あなたが助けてくれなければ死んでいた。そして、惜しみない愛を注いでくれるあなたは世界一、素敵な私の男ですよ」
「つきしま……月島ッ!!」
ぎゅっと全裸の身体を抱くと、月島の鯉登の頭を両手で包み込み、抱きしめてくれる。
「あなたの兄上はもう居ませんが……ここには、あなたが助けてくれた私が居ます。ずっと、傍に居る……」
その月島の言葉に、鯉登は漸く安堵の吐息を漏らす。自分が心配しなくても、充分愛されていたのだ。月島の愛を手にしている事実を胸に、鯉登からも月島を抱きしめ、もう一度息を吐く。
「うん……月島、愛しているぞ」
「はい、私も音之進が大好きです。誰よりも……あなたを愛してる。ほら、明日も早いんですから。寝ましょう」
今度こそ、もう悪夢は見ないだろう確信を持ちながら、月島と共に布団に入り小柄だが鍛え上げられた身体を引き寄せると、月島の手が鯉登の腰に宛がわれ、共に笑い合ってその後、すぐに部屋は静寂に包まれる。
勝ち取った未来の月島を、この手に抱きながら眠る贅沢に泣きたいほどの幸福を感じながら。
Fin.
4/4ページ