collection of short stories


 月島はどうやら、クッキーが好きらしい。
 コーヒーももちろん好みに合っているようだが、クッキーに勝るものは無いらしく、私と一緒にお茶をする時のお供は必ず、クッキーを用意することにしている。
 以前、何となくせんべいを出したらひどく残念そうに湿気た顔をして食べていたものだから、クッキーに戻してやると、それは嬉しそうに何枚も口に運んでいたものだ。
 私と月島が所謂、交際を始める前のこと、よくクッキーにはお世話になった。彼との時間を長く持ちたくてよくお茶に誘ったが、クッキーの名を出すとほぼ九割九分の確率で自室にやってきてくれる。
 そして、話もそこそこに彼はせっせとクッキーを頬張るのだ。クッキーに負けたことは悔しいが、無心で頬張る姿というのはかわいらしく、ある意味だが、布団の中で見せる顔と少し似ている。
 幼げで、無邪気でそれでいて少しの色気も剥き出しになってクッキーを頬張る彼。その姿を見るたび、愛おしく思う。
 そこである日、いたずらを仕掛けてみたくなった。
 どれだけ月島がクッキーが好きか、知りたくなったのだ。今は午後三時少し前。お茶にはいい時間だ。
 いつもクッキーは所定の場所に置いてあるのだが、それを隠しつつ新しく母上から送っていただいたクッキーの壺をこれまた隠して、コーヒーの準備に取り掛かる。
 さて、月島はどんな反応を示してくれるのか、非常に楽しみだ。
 そしてコーヒーの準備が粗方終わると、彼を探しに部屋を出る。月島は大体、この時間は決まった兵舎の屋上に居ることが多い。
 そこ目指して一直線に歩いて行き、屋上まで出ると小柄な身体が見え、どうやら空を眺めているようだ。
「つきしま、探したぞ。お茶の時間だ」
「あ、鯉登少尉殿。いえ、いま空を見ていたのですがあの雲が何だか、クッキーのように見えて腹が減ったと思っていたところです」
「そうか。では、私の自室に行こうか」
 残念ながら、クッキーは隠してあるがな。
 二人で兵舎の中を歩き、自室に辿り着くなりまずは先に月島を中へ入れて私も部屋へと入り扉を閉めつつ、ぱたんと音がするまで閉めると早速、彼の身体に手を伸ばした。
 後ろから腹回りに腕を回して抱き込むと、少し身じろぎしたが彼の横顔は赤く、頬が紅潮している。
「すぐ、それなんですから……鯉登少尉殿は」
「二人きりの時は、なんだった? 月島言ってみろ」
「だから音之進は……いけませんよ、一応兵舎の中なんですから。示しがつきません」
「愛する恋人と二人きりになったのだぞ。兵舎もへったくれも無いわ。さあ月島、接吻……」
 手で月島のあごを掬い上げ、私も屈み顔を近づけると漸く応えてくれる気になったらしく、すっと黒目が瞼の中に消える。それを見届けて目を瞑り、さらに顔を近づけるとふわっと唇に真綿の感覚が拡がる。
「ん、んンっ……んは」
「かわいい声だな、月島。声が甘いぞ」
「やっ……お、音之進の唇の方が、あまっ……ンッ!」
 反抗的な口は、塞ぐに限る。
 さらに深く口づけ、薄く開いた口のナカへ舌を入れると、月島の身体がぶるっと震えたのが分かった。どうやら、感じてしまったらしい。
 いい気分になり、さらに舌を動かしてナカを探るように舐めると、あごに添えていた手に月島の手が触れ、その熱さに驚いてしまう。
 彼がソノ気なら、ここで今から致してしまってもいい。それもまた一興だ。
 そう思って片手を胸の辺りに這わせて、乳首のある辺りをこりこりと軍服の上から人差し指で引っ掻くと、それはどうやら違ったらしい。
 そっと払われてしまい、思わず月島を見ると頬を真っ赤に染め上げてこちらを熱っぽく見上げている。
「は、はあっ……ん、はあっ、あの、お茶、お茶に呼んでくれたのでは……? クッキーが……」
「あ、ああそうだったな。お前があまりにもかわいらしいものだからつい、夢中になってしまった。さて、では改めてお茶にしようか。席へ座ってくれ。コーヒーはもうできているから」
 いそいそと小さなテーブルセットの一席へと月島が腰掛けるが、その顔にはかなりの戸惑いが見えた。
 粗方、クッキーの壺の姿が無いので訝しんでいるのだろう。
「さあ、コーヒーだ。お茶にしよう」
「あ、あ、あの、アレは……? いつも出してくれるあの焼き菓子……」
「んん? なんのことだ」
 すっ呆けてみせると、月島がだんだんとジリジリしてくるのが分かる。
「ほらっ! だからアレですっ! あの、アレッ!! 私の好きな……もう分かってますよね」
「だから、なんのことやら。ああ、お前が私に接吻してくれたら思い出すかもしれん」
 そう私が言うなり、彼は勢いよく立ち上がり私の傍まで寄ってきたと思ったらいきなり抱きつかれ、思わず身体の動きを止めてしまうと、ふわっと顔が近づいて柔らかな接吻が唇に落とされる。
「んん、つき、し、まっ……んンン」
 つい乗ってしまい、私も席を立って月島の身体に腕を回して抱き寄せ、私からも口づけると、意地になったのか積極的に舌が絡んできたので私も同じく絡ませると甘い月島の味が口に拡がる。
「ん、んは、んはっ……は、はっ、おと、の、しんっ……んむっ、んっんっ」
 散々舌を絡め合わせたキスを愉しみ、唇を離すと潤んだ彼の眼と出会う。
「音之進……」
「つきしま、かわいいやつめ」
「思い出しましたか? アレを、アレのことをです」
「いいや、未だだな。未だ足りん」
 するとすぐにまた唇に食いつくようにして接吻され、彼が如何にクッキーを欲しているか分かるというもの。
 だが、もう少しだけいたずらさせてもらおうか。月島からの接吻など、珍しくて勿体ない。彼が必死になって唇を押しつけてくるが、私は余裕で受け止めその背を撫でながら後頭部も撫で、彼の体温や感触を愉しむ。
 昼間はなかなか、こういうことをさせてくれない。だからこそするのだ。まさか、ここまで食いついてくれるとは思わぬ誤算だったがな。
 唇を何度も吸われ、荒く息を吐きながら角度を変えて口づけられる。
 いつも私からしていることだ。いつもだったら私がすれば彼もするといった感じだったのでなかなかに新鮮でいい。
「はあっはあっ、おとのしんっ、おとのしんっ、あ、はあっ……ん、はあっ」
「いいぞ、月島。……ん、実にいい」
 がしがしと頭を撫でてやると、ぽすっと腕の中に入ってきてぐりぐりと額を身体に押しつけてくる。
「思い出しました? アレのこと……アレです、アレ!」
 だんだんと彼が短気になるのが分かりながら、私は椅子へと腰掛けて優雅にコーヒーカップを手にする。
「なかなか情熱的でとてもいい接吻だった。それより、コーヒーは美味いか? いいな、コーヒーは」
 コーヒーカップを傾け、あくまで惚けてみせる私に業を煮やしたのが分かり、いきなり拳でテーブルを打っ叩いた。
 これには驚きを隠せない。食器が派手な音を立てた。
「クッキー!! クッキーを早く出してください!! クッキーが無いコーヒーなんてお茶じゃない!! 早く私にクッキーください!!」
「ああ、クッキーのことか。済まない、月島。あれは母上がいつも送ってくれるものなのだが、今回の荷の中には入っていなかった。在庫切れだ。本当に済まないな。暫くクッキーは食べられないものと思ってくれ」
 すると、力なく椅子に腰かけてしまい、項垂れてしまった。もはや、コーヒーすらも飲む元気がないようだ。
 これは、どうやらからかい過ぎたようだ。
 無言で立ち上がり、ごそごそと棚の中を探ってとっておきのクッキーの壺を取り出し、テーブルの上に置く。
 そして蓋を取り、その中に眠っている一枚を月島に差し出す。月島は半分眼を瞑っていて、どうやらいいかおりがするので眼を薄っすら開けたようだ。そして、その眼がクッキーを捉えると大きく見開かれる。
「これは……!!」
「済まなかったな、いたずらが過ぎたようだ。これは、アーモンドクッキーといっていつもお前が食べているものとは少し違う。食べてみろ、ほら」
 月島は震える手でそれを受け取り、恐る恐る口に運びさくっといった音を立てて咀嚼した途端、目が限界まで開かれ、あっという間にそのクッキーは月島の腹の中に消えた。
「こ、これは……!? すごく美味しい!! 何か香ばしいコリコリしたものがクッキーの生地と相まってすごく美味い!! 確か、あー、あーもん?」
「アーモンド、だ。日本では採れない木の実で、それを砕いて焼き、クッキーの生地と一緒にまた焼くんだ。美味いだろう。お前をからかった詫びだと思って好きなだけ、食うといい。遠慮は要らん」
 それからの月島は、まるで何かに憑りつかれたようにクッキーを頬張り始めた。私が引くほどの勢いでクッキーが消費されていく。
「つ、月島、もう少し落ち着いて食べたらどうだ。ほら、コーヒーのおかわりもあるぞ」
「いいんです! 私は未だもう少しこのアーモンドクッキーを楽しみたい! あなたに騙されて、散々奉仕させられたその見返りはいただきます!!」
「あ、あー……、その、済まんな。そうだ、だったら月島、そんなにクッキーが食べたいのなら、私に接吻したらいくらでもお前が好きそうなクッキーを母上から送ってもらうようにしよう。私ばかり腹を切るのは些か、な」
「あなたは上官です。部下のために腹を切るのは当然でしょう?」
「口を動かしながら喋るな。まったく、口をクッキーでいっぱいにしてからに! いいか、接吻を忘れるな。接吻だぞ」

 それからというもの、彼との接吻の時は必ずクッキーの出番になるため、茶屋などにしけこみ、彼から接吻が来るとこんなことを言い出すようになった。
「アーモンドクッキーが食べたい……」
「月島ぁ!!」

Fin.
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