collection of short stories


 何年越しのアイヌ金塊争奪戦も終わりを告げ、そして鶴見が居なくなった今、鯉登と月島は日々、大量の始末書類に追われており、それこそ一から十までを二人でこなさなければならなくなったそんな毎日は忙しく、二人の体力を削っていく。
 睡眠時間も惜しんでの慣れない書類仕事は神経すらも摩耗していく勢いだったが、二人にはある秘密があり、その秘密のおかげで乗り越えられていると言っても過言ではない。
 それは、二人が交際中の恋人同士だといった関係にあり、どちらかが疲れた時は色事で癒し、それこそ二人三脚でいろいろなことを乗り越えてきた。
 そして、これからも互いが居れば乗り越えられる自信はあると、二人ともが口を揃えて言うだろう。
「この人が居れば、私は怖いものなどない」
 それが分かっているからこそ、どちらも弱音を吐くことはしないし、吐かないで済んできた。
 これが愛ゆえ、というものなのか忙しさに殺されないのは互いが居るからであり、想いを通じ合わせているからこそ、踏ん張ることができるし踏ん張れる。
 そんなある日のことだった。
 夜遅くまで鯉登の部屋に詰め、二人で書類に向き合っていたところ、一枚の書類に鯉登では理解できない文言が含まれていたため、隣で同じように書類と格闘している月島に声をかけた。
「月島、ここを見てくれ。この書類……つきしま?」
 呼びかけるが返事がなく、顔を上げるとなんと、月島は寝入ってしまっていて小さな寝息が聞こえてくる。
「なんだ、寝てしまったのか」
 鯉登も小さく吐息をつき、ぱさっと書類をテーブルの上に投げて冷えてしまったコーヒーを啜る。
「つきしまー、起きろ。起きて私の相手をしろ、月島ぁ」
「ん……」
 こしこしと右目を擦る仕草がなんとも幼げで、月島とは思えないかわいさの中、目を覚ました彼に目覚めのコーヒーを淹れてやることにする。
 まだまだ書類は山積みだ。
「濃いコーヒーを淹れてやるから目を覚ませ。つきしまー?」
「んん、分かってます……寝てはいけないんですよね。……分かって、ます……」
 そのまままた寝入ってしまい、コーヒーを淹れる手を止めた鯉登は、月島の安らかな寝顔を見つめながら昔のことを思い出していた。
 未だ、兄である平之丞と一緒に暮らしていた頃のこと、鯉登は平之丞にかなり懐いており、よくわがままを言っては困らせていたものだった。
 平之丞がやっていることは自分もやりたがり、父の平二が兄に剣術の稽古をつけていた時もついて回って、よく分かりもしないのに共に木刀を振り回していたものだ。
 夜も、平之丞や父や母に甘えたくて仕方なく、眠たくても眼を擦りながらソファに座り、船を漕いでいるといつもすかさず平之丞が声をかけてくれた。
「音之進、もう眠い? 寝る?」
「……ん……兄さあと寝りゅ……兄さあとがいい、兄さあとなら寝るぅ」
「アタイと寝るの? 仕方ないねえ、音之進は。じゃあ行こっか。では、父上、母上。おやすみなさい」
 そんな言葉を夢うつつで聞き、抱き上げてくれるものだから首に腕を引っ掛けて張り付き、平之丞の体温を感じながら一緒にベッドに入ったことを、今でもよく覚えている。
 未だ年齢としては幼かったはずなのに、何故かこのことだけはハッキリと記憶に残っている。
 不思議なものだ。
 そんなことを思い出しながら、鯉登は月島の頭を撫で、平之丞と同じことを聞いてみる。
「月島、もう眠たいか? 寝る?」
「うん……? ん……音之進と、一緒なら寝ます……じゃなきゃ、起きます……」
 そう言って一瞬は起きたがすぐに寝てしまった月島に、つい苦笑してしまう。
「仕方が無いな、月島は。じゃあ、私も一緒に寝ようか」
 書類もコーヒーも明日片づけることにして、椅子に座っている月島の身体を掬い上げるようにして抱き上げると、結構な重さがあったがベッドはすぐそこにある。
 何とか運び終え、そっとベッドに寝かせて鯉登も隣へと寝転び、その肩をぽんぽんと優しく叩く。
 これも、平之丞がしてくれたことの一つだ。
 そしてその手を頭に乗せ、優しく撫でて眠りを促してやる。この手も、平之丞にしてもらうと不思議といやな夢も見ずに眠れてしまったものなのだから、鯉登も月島にしてやりたくなったのだ。
「イイコ、イイコ。……おやすみ、月島。明日はもうちょっと、頑張ろうな」
 ちゅっと額に一つキスを落とし、子ども体温の月島の温かな身体に身を寄せて目を瞑る。
 明日もきっと、忙しくも愛に溢れる日が続いていくだろうから。
 だから今だけ。

 ……おやすみなさい。

Fin.
2/3ページ