collection of short stories


 流氷の上にてアシリパと再会できた杉元だったが、一方鯉登たちは対キロランケ戦にて負傷し、特に月島の怪我がひどく、かといって医者に診せることもできない。
 そんな状況の中、杉元は夜中にある異変を感じていた。
 というのも、亜港近辺にあるニヴフ民族の集落に身を寄せていた一行だが、皆が寝静まった真夜中になると、必ず鯉登が見計らったように周りが寝ている隙を見つけ、月島の元へと行くのだ。
 今晩も始まった。
「……月島、つきしま怪我はどうだ? 痛いか? 済まない、私の所為で……本当に済まない」
 ぼそぼそとしか聞こえないが、周りが静かな分、言葉が拾えてしまうのだ。
 その言葉に対し、月島も小さな声で答えている。
「そのことについては何度も気にしなくていいと言いましたね? 私はいいのです。あなたを救えたのだから、こんな怪我など」
「ばかを言うな! こんなに高い熱が出て……傷の治りも悪い。済まない、済まない、つきしまっ……!!」
 その声は悲痛さを極めており、聞いている杉元までもが心痛くなってくるような響きで、後、ごそっと音がしたと思ったら、ぴちゃぴちゃちゃぷちゃぷといった、如何にもな水音が聞こえてきた。
 どうやら、キスの真っ最中らしい。
 邪魔をしてはいけないと思えど、しかしここは健全な場だ。少しくらい控えて欲しいと、わざと声を出してみることにする。
「う、うーん……ふぅん、むにゃむにゃ……」
 これで止めてくれるだろうか。
 一瞬、二人の雰囲気が硬くなるのが分かったし、キスを止めたのも分かった。
 だがしかし、鯉登に引く気は無いらしくまたごそっと音がして、さらにぼそぼそと何かを言い始めた。
「月島……早く北海道へ帰ろう。帰って、またお前を独り占めしたい……そんな生活がいい」
「わがままを言わないでください。それは私だって同じです。あなたを、独り占めしていたい……」
「邪魔の無いところで、抱き合いたいな。私は早く、お前が抱きたい。抱きしめたい」
「はい……」
 邪魔とは何事か。
 カッとなった杉元が起き上がろうとしたところで、隣で眠っていた谷垣に胸を押さえられ、制されてしまい、思わず谷垣を見ると首を横に振っている。
 そして、耳元で囁かれた。
「あの二人に関しては、放っておくのが一番だ。愛し合っている者同士、お邪魔虫は退場だ」
「だけどよっ……毎晩毎晩、よくやるぜ」
「まあ、それは認めるが」
 そんな二人を他所に、向こうはさらに盛り上がりを見せており、ちらりと鯉登たちを見るとなんと、鯉登が月島の身体に手を這わせており、あまつさえ首元や胸元にキスまで落として愛撫まで始めてしまっている。
「ん……鯉登少尉殿っ……」
「こうしている時は、音之進と呼べと言っているだろう? 月島、血のにおいが濃い。……痛いだろうな」
「あっ、そ、そこはっ……んっ! お、音之進ッ……!!」
 今日はどうやら、絡みたい日らしい。
 もはや、寝てしまうしかない。
 二人の情事の囁き声をBGMに、杉元は無理やり寝入ったのだった。
 そしてあくる朝のことだった。
 谷垣に対して愚痴る杉元だ。
「皆いるんだぜー!? あの二人の神経を疑うな、俺は」
「まあ……それほどまでに二人の絆というか、愛情が深いのだろうが……俺も同感だ。だがしかし、何か言う気にもなれない。実害はないのだから、放っておくしかないだろう」
「まあ、そうだけどよ、でも」
「仲良きことはなんとやらというだろう。あの二人に関わってはいかん。それに、いいものじゃないか。性別を超えて愛し合えるなんて、なかなかないぞ」
「それは……」
 杉元は、夜中に聞く鯉登の声を思い出していた。
 真昼間とは打って変わって、切なげで、温かくてそしてあの優しい声を。
 あれが月島限定なのだとしたら確かに、愛し合っている恋人にかける声色なのだとは思うが。
 青空を見上げ、未だ月島に付き添って家から出てこない鯉登と月島の明日を想う杉元だった。
 男同士のあの二人が幸せになれる未来を、少し夢見て。

Fin.
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