kisses


 成熟された大人の艶は鯉登の若い欲情を容易く煽ってくる。いつもそれに負けてひどくしてしまうのだが、月島は色事について文句を言ったことが無い。恥ずかしそうにしたりはするが、快感の方が勝るらしく、それらしい文句のようなことは言っても直接的な言葉は使われたことが無い。
 それが月島の優しさなのだろうが、時々これでいいのかと迷ってしまうことも少なくない。
 彼のその優しさに甘え過ぎていやしないだろうか。彼を抱く時、毎回そう思ってしまう。それほどまでに、月島は色事について鯉登に従ってきている。
 きらわれたくないと、そう思うがどうしても止められない何かがあることを、鯉登は月島を通して知った。
 例えいやがられようが、押し通したい気持ちがあるのだ。人の心というものの中には、そういうものが眠っている。
 そんな想いを胸にソファに月島の身体を縫いつけ、さらに迫ると愚図ったような声を出した。
「ん、うんっ……んん、んうっ……んあっ、あ、は、はあっ……や……やっ、あっ」
「いやか? 月島。茶が飲みたい?」
「ん……私は、どちらでもっ……んっ!! あ、はあ……カラダ、熱いっ……!」
 そう言って身を捩り、両手を鯉登の着ている軍服に押し当ててぎゅっと握ってくる。言葉にはしないが、これは止めて欲しい時の合図だ。
 だが、もう少し触れていたい鯉登はそれを無視し、シャツのボタンと軍服のボタンすべてを外してしまい、腹の辺りを大きく撫でるとぶるっと月島の身体が震え、肌がほんのり赤く染まる。
 その様はとてもきれいなもので、今度は両手を使ってウエストのラインを上からゆっくりと撫でていくと、ぷるぷると細かく月島の身体が震え出す。
 しかし、何とも手触りのいい肌だ。まるで皮膚が手のひらに吸いついてくるような、そんな感覚までするほどの肌をさらに愉しむべく、両手を背中に回してすりすりと手にかいた汗を拭いつけるように撫でると、さらに肌の赤みが増す。
「は、ああっ……あ、あ、は、はあっ……ん、音之進……は、はあっはあっ……」
 肌のかおりが強く感じられる。それは月島が汗をかいたからなのか、なんなのか甘い香りが鼻に掠っては鯉登を誘ってくるがさすがに甘え過ぎかと思い、提案してみることにする。
「止めるか? 茶が飲みたい? それとも風呂か」
「ん……はあっ、茶、茶が飲みたいです。本当のお愉しみは……風呂から上がってからにしましょう。逃げませんから。何処へも行きません。……今夜は、一緒に寝たい……」
 最後の言葉は囁くように小さな声で伝えられ、鯉登をたまらない気持ちにさせる。このまま抱いてしまいたい衝動を何とか堪え、そっと月島から離れて一つ、額にキスをして頭を撫で、身体を起こす。
「よし、茶だな。分かった。少し待っていろ、すぐに用意して持ってくる」
「すみません、おねがいします」
「気にするな、私の家で私が動くのは当たり前のことだ」
 とは言ったものの、男子厨房に入るべからずで育った鯉登だ。茶葉がどこにあるのか分からず、ひたすら探し回って、何とかそれらしいものを見つけたが次は湯の沸かし方が分からなくてそこでもすったもんだがあり、何とか盆の上に急須と湯呑み二つを用意することができたので、月島の待つ居間まで歩いて行く。
 すると、そこには服をはだけさせたままソファの背もたれに凭れて眠り込んでいる月島がおり、起こすのもなんなのでそっと真正面の椅子に腰かけて茶葉が蒸れるのを待つ。
 穏やかな寝顔だ。
 彼はこんな風な寝姿を晒す男だっただろうか。茶屋で何度も共に朝を迎えてはいるが、毎回のように月島の方が起きるのが早く、情事後も鯉登が眠るまで月島は寝ようとしないので、こうしてまじまじと寝顔を見るのは初めてかもしれない。
 生きていることは分かるが、まるで満足を抱えたまま死んでいるみたいだ。
 急須からいいかおりが立ち上ってきたので音を立てずに湯呑みに茶を注ぎ、その一つを持って啜り込むとあまりの熱さに口の中が火傷しそうになり、慌てて息を吹きかけながらじっと月島の寝顔を見つめる。
 頬を手で包みたいが、それをすると起きてしまう。抱きしめてもやりたいし、いろいろしたいのだが、そのいろいろをすると絶対に起きるだろう。
 疲れているのだから眠らせてやらなければならない。この後も控えていることだし、受け身の月島の負担を考えると、ここでゆっくり眠らせておくのも手だ。
 そうすれば、少しは元気になるだろう。
 先に風呂に行ってもいいが、彼をここに一人置いておくのはあまり良くないように思うので、やはり、ここは起きるのを待って一緒に茶を飲んでからだろう。いろいろするのは。
 しかし、長い旅だった。
 十二時間汽車に乗っているのはやはり、並大抵ではなく鯉登も疲れを滲ませながら椅子の背もたれにぐったりと凭れ、天井を見上げた。
 とうとう来てしまった。
 後はどうやって鶴見の影から彼を引き剥がして助けるかだ。並大抵の覚悟では、彼から鶴見の影は消せない。
 それは日々の生活の中で分かり過ぎるほど分からされている。
 それが悔しく、淋しかった。
 だったら、引き剥がしてしまえばいいというのが鯉登の意見だが、月島の心も気になる。想っているだけで幸せなのなら、無理に引き剥がしては月島の人格に何か良くない兆候が表れても厄介だし、かといって何もしないでこのまま放っておくわけにもいかない。
 月島の、これからの未来のためにも。
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