kisses


 二人は顔を見合わせて同時に外を眺め、流れゆく風景をじっと見つめていた。長旅になるが、どうか月島には頑張って欲しい。とはいえ、月島とてそんなに体力が無いわけでもなく、どちらかというと鯉登の方が軟弱なのではないかと思うほどに月島はタフなので、あとは精神面だ。
 何がそんなに引っ掛かっているのか、月島の表情はあまりいいものではなく、また遠くの方を見つめ出したので慌てて話題を振って月島の気持ちを戻すべく、奮闘の鯉登だ。
「つ、つきしま! 弁当食べるか? それとも茶でも飲もうか。ゆっくりした旅だからな。茶も多めに買っておいたし……」
 すると、月島は不思議そうな顔を見せ、首を傾げてくる。
「……? どうしました、鯉登少尉殿。何をそんなに慌てているんです。なにかありましたか?」
「いや、何かあるのはお前の方だろう。何を考えていたのだ」
 言って後悔した。
 月島にこのことを問うても、答えなど絶対に返って来ない。返しようがないからだ。鶴見のことを想っていたなどと、いま現在交際中の鯉登には口が裂けても言えないだろう。
 案の定、難しい顔をして黙ってしまっている。
「つきしまっ……!」
 思わず懇願に近い声が出てしまい、月島はハッとした顔を見せ、後ひどく歪んだ笑みを見せて鯉登の手をそっと握ってきた。
「大丈夫です、私は何処にも行きません。行くところなど、もう無いですから。それより、茶が飲みたいです」
「よし、私も一緒に飲もうか」
 それからは、二人とも幼少期時代に友人に恵まれなかったのもあり、子どもの頃できなかった遊びなどをして過ごした。
 主にしりとりが多く、そのうちに寝落ちしてしまうのが大体のパターンで、日頃の疲れがやはり溜まっているのか、とにかく眠たい。
 それは月島も同じのようで、眠っているとずるっと月島の頭が傾いで鯉登の肩や身体にしな垂れかかってきたり、逆に鯉登の方が知らない間に月島に凭れかかったりと、睡眠を取りつつ旅は続く。
 途中、買った駅弁を食べたりもした。
 これこそ旅の醍醐味と言わんばかりに内容盛りだくさんの弁当は二人の舌と腹を大いに満足させ、また食べ終わると眠ったり、しりとりしたりと長旅は続く。
 だんだんと空が暗くなる頃、この旅最後の駅弁を食したのが五時過ぎくらいで、そこからまたさらに汽車に揺られること三時間弱ほど経つと、とうとう目的地である函館へ到着だ。
 軽い荷物を持ち、ホームへ出るとかなり涼しい風が吹いていて、何となく物淋しい気分にさせられる。
 隣の月島を見ると、彼も寒そうな顔をしていて何となく顔色が悪い。
 努めて明るく振舞い、月島の持っていた荷物を取り上げて両手に持ち、歩き出す。
「あ、あのっ! 荷物くらい自分で持ちますからっ! 返してください!」
「疲れている想い人に荷物など持たせられるか。いいから、お前は甘えていろ。今からはな、私オススメの酒の肴の美味い店に行くぞ。そこで一息吐こう」
 するとにわかに月島の表情が和らぎ、隣に並んでくる。
 駅から出て少し歩いたところにその店はあり、薄ぼんやりとした上品な灯りが眼を引くその店の暖簾を潜ると、ひっそりとした雰囲気で鯉登と月島を出迎えてくれる。
 その中の奥まった一席へと腰掛けると、なかなかの美貌の女将が早速、注文を取りに来る。
「えーとだな、まずはホッケの干物、あとは甘いだし巻き卵とー……月島、何が食べたい?」
「私は、揚げ出し豆腐がいいです」
「ではそれらと熱燗二本頼む」
 女将は控えめに「少々お待ちください」といった言葉だけ置いて去って行き、改めて店内を見渡すと最後に店を訪れた時と何も変わらない店構えで安心すると思う。
「どうだ、いい店だろう。お前が誘いに乗ってくれたのなら絶対にこの店には入りたかった」
「何故この店なんです? 何か訳でも?」
「ここはな、初めて父上と一緒に酒を飲んだ店だ。普段なら父上くらいになればもっと上等な店に入るだろうに、私の背丈に合わせてくれてこの店を選んでくれたのだと、後々教えてもらった。だから、この店は思い出に溢れてる。お前と、来たかった。ここでは父上といろいろな話をした。将来のことや、昔のことに兄さあのこと……ああ、父上と母上の馴れ初めなんてものも聞いたな。楽しかった……」
「音之進……」
 すぐに熱燗が運ばれてきて、二人で軽く乾杯をし、ぐいっと酒を煽るとじんっと胃の辺りが焼けるような感覚がして一瞬、頭がクラッとしたがすぐに立ち直り、また話の続きを始める。
「父上が死んでしまったことに対して、なかなか整理がつかなかったが……こうして、お前とここに来ることで思い出を共有できたようで嬉しい」
「私も……嬉しいです、とても」
 すると今度は注文した料理が次々に届き、二人してぽつぽつと会話を交わしながら時が過ぎていく。
 なんとも穏やかな時間だ。
「しかし、長いこと汽車に乗っていた所為か身体がギクシャクするな。尻が痛い」
「私も同じくです。尻が痛いですね」
 顔を見合わせて笑い合い、また熱燗を煽る。
「さて、この後の予定だが多分、表で待っているだろう馬車で実家の屋敷へと向かう。それからは……まあ、風呂に入って寝るわけだが……」
 言葉を濁すように途切れさせると、月島の頬が店の薄暗い照明の中でも分かるくらいに赤く染まり、ぷいっと横を向いたと思ったら小さく頷いた。
「アレ、ですね。……わ、分かってます。でも、風呂はゆっくり入りたいです。それさえ許していただけたら後は、あなたのお好きに……」
 もはやその言葉だけでテンションが駄々上がりだ。
 セックスの許可がもらえたとなれば、あとはこっちのものだ。風呂上がりの月島を抱けるとくれば、つい張り切ってしまうのも致し方ないだろう。
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