kisses


 月島は俯いてしまい、鯉登から目線を逸らしたその隙にマッチに火を点け、写真に炎を当てるとメラメラとそれが燃えて灰になっていく。
「あぁっ!! 鶴見中尉殿!! しゃ、写真を返してください!! いやだぁっ!! 写真が、写真がっ!! 最後の、あの人との写真がっ……!!」
 しかし、鯉登に譲る気は無く、完全に写真が灰になるまで腕を上げ続け、その間には引っ掻かれたり殴られたりもしたが、断固として写真が燃えるのを待ち、そして完全に二人の姿が灰になったところで手を離すと、はらりと地面に写真の燃え残りと灰が落ち、月島はその写真の残骸を震える手で持ち上げ、涙を零した。
「鶴見中尉殿っ……!!」
「……私より、居なくなった鶴見中尉を取るのか、貴様は。私だけと言った貴様は、未だ私を裏切り続けるつもりなのか」
「鯉登、少尉殿っ……!!」
「音之進と呼べと言っているだろう、何度言わせるっ!!」
 激高し、怒鳴りつけるとビグッと月島の身体が跳ね、ぽろりと瞳から涙が零れ出し、それは次々と頬を伝って流れ落ち、あごに雫を作ってぽたぽたと地面に零れていく。
「どこまで、私を裏切れば気が済むのだっ……!! そしていつまで私は、待たされるのだ!! お前がそんなに鶴見中尉に拘るのなら、屋敷から出て行け。出て行けるものならな。こんなにお前を想っている、私を置いて何処かへ行けるのなら行ってみろ!! 私はお前を、愛しているんだぞ!! お前が裏切って鶴見中尉に抱かれている間もずっと、私はお前が好きだった!! 私の気持ちに偽りはないが、お前はどうだ!! いつまで嘘を吐き続けるつもりだ、言ってみろ!!」
「おとのしん……」
 悔しくて涙が出てくる。それは鯉登の頬を伝ってあごに雫を作り、ぐいっと乱暴に手で目元を擦るが、どうしても止まってくれない。
 身体から力が抜け、がくっと膝をついて両手も地面に置き、拳を固めて芝生を殴った。
「何故、私じゃいけないんだっ……!! 言ってみろ月島!! 私の何が足りない!? 何がいけないんだ!! こんなに、愛しているのにっ……ずっと、我慢してきたのに何故っ……!!」
「ちが、違うんです、違うっ!! そうじゃ、なくてっ……私はっ」
 だが、言葉は続かず辺りは静寂に包まれる。
「いつまで、亡霊に憑りつかれているつもりだ。もう、鶴見中尉は居ないんだぞ!! 何故、それを受け入れようとしない!! お前には私がいるだろう!! 私が、居るんだぞ月島っ!! どうして隣を見ない!! 傍に居るのは私だぞ!! どうして、鶴見中尉の影ばかり追いかけているんだ!! あの人はいない!! もう、居ない!!」
 ひくっと、月島ののどが鳴り、さらに大粒の涙が零れ出してくるのを、鯉登は燃える眼で見ていた。
 これで彼から鶴見を引き剥がすことができなければ、もう今後は無い。不可能だろう。彼は一生、鶴見の影を追っていくしか道が無くなる。
 そうさせないためにも、いま頑張らなければすべてが無駄になる。
「現実を見ろ!! もう私たちは新しい道を共に歩み始めているんだぞ!! お前は喜んでいたではないか!! それも、嘘だったと!? 何か言ってみろ!!」
 しかし月島は焼け焦げた写真の残りを握りしめ、胸に抱いてしまった。
 これが意味することは。
 その仕草でなにもかも分かってしまった鯉登は、涙を零しながら月島に背を向けた。
「……今日一番の汽車で、お前は一足先に兵営へ帰れ。私は独りでこの家に残る。……出て行け。過去も捨てられないような情けない男と、私は人生を共にする気は無い。……失せろ」
 そのまま玄関へと回り、扉を開けて二階へと通ずる階段を上り始める。そして一番上まで登ったところで足の力が抜けてしまい、がっくりと膝をついて暫く呆然としていたが、次にやってきたのはとんでもなく大きな喪失感で、勝手に涙が溢れ出てくる。
「ふっ……うう、うう、つきしま、月島っ……!! 私、私はお前をっ……おまえをっ、月島っ……愛して、いるのに、何故だっ……何故、何故だ、何故なんだっ……!! 私の愛だけでは、足りないのか……? 足りない?」
 思わず廊下に突っ伏して泣いていると、下から物音が聞こえ、とんとんと階段を上がる音が聞こえたと思ったら、それは月島だったがその顔に表情は見えず、一直線に鯉登に向かって階段を上ってきて、しゃがみ込んだと思ったらいきなりだった。
 拳が振り上げられ、殴られると目を瞑るが拳は降ってくることなく、そっと眼を開けるとそこには、ぶるぶるとその手を振り上げたまま歯を食いしばって、泣きながら震えている月島が居て、その拳が開かれると同時に、がばっと抱きついてきて大声で泣き喚き始めた。
 悲痛なその声をぼーっと聞きながら、何となく思ったのだ。これで、月島から鶴見の影が本当に消すことができると。
 月島は、きっと我慢していたのだと思う。淋しいと思う気持ちと、鯉登と一緒に居て満たされる気持ちがいつも綯い交ぜで、苦しんでいたのだ。
 それが、今の泣きに繋がっていてきっと、この涙が止まれば彼は自分の腕の中に飛び込んできてくれる。
 なんとなくの予感を胸に、そっと背中に手を当てて優しく上下に撫でてやるとさらに激しく泣き始めてしまい、しきりに肩を上下させて泣く姿は悲痛なものがあったが、これは彼が独りで乗り越えなければならない壁なのだ。
 今まで、鯉登を裏切り続けていた罰の分も含め、彼はここで嘆いて泣かなくてはならない。今より強くなるためにも。
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