kisses


 何も言えなくなり、つい黙ってしまうと月島が不思議そうな表情を浮かべ鯉登を見てくる。
「あの、鯉登少尉殿……? 何か用があったのでは?」
「あ、ああ……いや、大したことではないが……お茶、そうお前をお茶に誘おうと思って探していた。どうだ、コーヒーとクッキーは。今のお前の気分には合わないか」
 すると、黒目が一瞬揺らぎ、迷っているような複雑な表情を見せたが、すぐに立ち直り、笑ってみせてくる。
「はい、ぜひ誘いに乗りたいです。ちょうど小腹も空いていますし」
「ん、ならば私の部屋へ行こう。クッキーは開けたてのものを用意してあるからな。湿気ていなくて美味いぞ」
「それは楽しみですね」
 廊下はそうやって会話を楽しみながら歩き、自室の前まで来たので先に月島を中に入れてから鯉登が足を室内へと踏み入れ、扉が閉まるのを後ろで聞くとすぐに月島の腹回りに腕を入れて後ろから抱き留めると、少し身じろぐ仕草をしたが大人しく腕の中に収まっていてくれる。
「……つきしま……好きだ」
「わたしも……同じ、好きです」
 だったら、何故あんな虚空を見ながら遠い目をしているんだ、と問い詰めたくなったが止めた。
 月島には、月島の気持ちというものがある。それを、一からひっくり返すのはいくらなんでも間違っているだろう。
 その想いを打ち消すよう、さらに力を籠めて月島の身体を抱き、後ろから首元へと顔を埋める。
 相変わらずの石鹸のにおいと、あとは月島独特の月島だけの温かいかおりがして、すうっと鼻を鳴らすと、月島の横顔に朱が走った。
 その様があまりにもきれいで、つい見惚れてしまうとさらに顔を赤くして鯉登の手に手を重ねてくる。
 その手はいつもよりも高い温度を保っていて、さらさらと手を撫でてきてその手は月島によって持ち上げられ、頬に宛がわれる。
「手……気持ちイイですね。体温が……」
 すりっと手に擦り寄られ、その手で月島の頬を撫でると柔らかに笑み、うっとりとした表情になってちらりと、後ろにいる鯉登に目線を送ってくる。
「……接吻を、するか。いいな、月島」
 何故聞いてしまうのだろう。いつもならば黙って唇でもなんでも奪ってきたくせに、やはり緊張しているからだろうか。
 だが、月島はさらに優しく笑って小さく頷いてくれる。
「私も、したいと思ってました。鯉登少尉殿と……接吻を」
「二人きりの時は、音之進と呼び捨ての約束だろう? 月島軍曹。ほら、こちらを向け」
 頬に宛がっていた手をあごに移動させ、後ろへと傾けさせてから早速、口づけると真綿の感触が唇に拡がると同時に、香ばしい甘さが感じられる。
 月島の味だ。
 それに、やはり唇は頬よりもさらに温みが強く、鯉登よりも高い子どものような体温が愛しく、さらに強く唇を押しつけると、細く小さく、月島が口づけの合間に息を吐いた。
「はっ……んん、んン、んっはっ……」
 その吐息に何故か強く煽られ、その息ごと飲み込むように舌で唇を割り、咥内へ入り込んでナカを大きく舐め上げる。
 こういった口づけも、月島から教わった。鯉登のこういった色事の何もかもは、月島で構成されているといっても過言ではないほど、いろいろなことを教わった。
 キスの仕方から愛撫の方法、そして男同士でのセックスではどう動いていいのかなど、何も知らない鯉登はすっかりと月島色に染められて、月島だけのために動く男にされてしまった。
 それに後悔はまったく無く、寧ろ彼が好きな方法で抱けることが嬉しくて、いつも先に根を上げるのは月島だと決まっている。
 半泣きで懇願してくるまで、イかないと決めているのだ。それを月島に行ったことは無いが。
 さらに求めたくなり、一度口づけを解いてから月島の身体を反転させて正面を向かせ、両手で頬を包み込み上を向かせる。
「音之進……はあっ」
「息が甘いぞ、月島。感じてしまったか?」
 月島の眼は潤んでいて、今にも涙が落っこちそうだ。まずは眼に口づけ、涙を吸い取ってやると、くすくすっと月島が笑う。
 その声一つとってもとても柔らかで、聞いている鯉登はその声だけでも幸せになれそうだ。
 眼から唇を離し、至近距離での見つめ合いに発展することになり、じっと彼を見ているとまるで吸い込まれそうな眼をしていると思った。
 その眼には少しの欲情も見え隠れしていて鯉登をたまらない気持ちにさせる。
「つきしま……月島、つきしまっ……!」
 先に我慢できなくなったのは鯉登の方で、手をずりずりと動かして月島の頬を撫で擦りながら情熱を絵にかいたようなキスを仕掛け、強く唇を吸うと甘くて香ばしい唾液が咥内に流れ込んでくる。その味も愛おしく、夢中になって唇を吸ってしまう。
 すると、月島の両手も鯉登の頬を包んできて、とうとう吸い合いにまで発展し、互いに啄むように角度を変えて口づけ合い、そして溢れ出る唾液を飲み下し、また口づける。
 月島の頬はかなり熱くなっていて、まるで燃えているようだと思った。情熱がそうさせるのか、ただ単に感じているからそうなっているのか、鯉登には分りかねたが、今この場だけでも感じてくれるのは嬉しい。
 夢中になって彼の咥内を舐め回し、上顎を丁寧に舐めるとじわっと体温が上がったのが分かった。頬に触れているので何もかも丸わかりだ。
 だが、それがまたかわいく愛しい。素直じゃない彼から返ってくる素直な反応は嬉しく、口づけを解いて無理やり頬に口づけると、また優しく笑い鯉登のそれを受け止めてくれる。
 至高の時間だ。
 薄眼を開けて見ていると分かるが、本当に幸せそうな顔をすると思う。こういう時だけ、不安は飛んで行ってくれるのに、いつも彼と別れると何故かブーメランのように不安が押し戻されてくる。
 だから、今こうしている時間こそが至高なのだ。もう、この時間だけでいい。あとは要らない。そう思わせてくれるほどに、彼と口づけるのは好きだ。
 何事にも代えがたい瞬間というものがあるということを、鯉登は月島を通して知った。そしてそれが、どれだけ脆いものなのかも、知らしめられた。教え込まされた。
 愛する、月島の手によって。
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