kisses


 母には月島用に来客の際に使うベッドルームをと言われているが、鯉登は自分に宛がわれてある自室で、月島と一緒に眠るつもりでいたので、ポケットに仕舞っておいた油の小瓶を持って自室へと向かう。
 これさえセットしておけば準備はもう完了したようなもの。後は、月島が風呂から出るのを待って鯉登も入り、後はお愉しみというわけだ。
 自室に行って電気をつけると、すぐさまベッドへと向かい枕の下に小瓶を忍ばせる。
 初めて実家でするセックスはどんな盛り上がりを見せてくれるのか、非常に愉しみでならない。
 含み笑いをしつつ、改めて周りを見てみる。
 すると、懐かしい部屋風景が拡がっていて、思わず本棚へ歩み寄ってしまい、昔夢中になった本を見つけ開いてみると、また夢中になったため椅子に座って本を開いてページを捲る。
 士官学校に入るまで過ごした思い出の部屋はそのまま、時間を閉じ込めたように家を出た時のままを保っていて、掃除もしっかり行き届いているが何となく感傷的な気分になる。
 ここから出て行って数年、自分は成長したのだろうか。
 感慨深い気持ちを胸に本を読み進めていると、結構な時間が経っており、急に月島が心配になってきた。
 まさか、風呂場で溺れているということはないだろうか。
 慌てて自室から出て風呂場へ向かうとちょうど、脱衣所で身体を拭いている月島がいて、鯉登が遠慮なく脱衣所の扉を開けるものだから月島が驚き、顔を真っ赤にしてタオルで身体を隠した。
「わあっ!! や、ちょっと、見ないで出ていってください!! すぐに出ますからっ!!」
「遅いから心配したぞ。なに、お前の裸は見慣れている。今さら照れることなどないだろう?」
 そう言って全裸の月島の身体を抱くと、ますます顔が赤くなり見えている肌もどんどんと赤みが増していく。
「は、離れてくださいっ……! 折角、きれいにしたのに」
「なんだ? 私は汚いか」
「ちがっ……は、恥ずかしいのです!! 言わせないでください、いいから出ていってくださいって!!」
 乱暴に振り解かれたと思ったら、背を押されて脱衣所の扉が大きな音を立てて閉まる。
「一丁前に照れおってからに……かわいいやつ」
 月島が風呂から上がったということは、次は鯉登の番だ。
 脱衣所を見たところ、既に寝間着の用意がしてあったので、あれを着て出てくればすぐに月島を抱くことができる。
 もはや今から勃ってきた。最近、少しの間そちらの方がご無沙汰だったので、今日は実はとても、愉しみにしていたのだ。
 どんな風に乱れてくれることか、想像するだけで股間が膨らむ。
 そわそわと椅子に座って待っていると、肩にタオルを引っ提げた月島が顔を紅潮させながらやってきて、ソファへと腰掛けた。
「ふうう、いい風呂でした。浴槽が広くて、とてもよかったです。さすがに、浴槽の足が猫足なのは驚きましたが」
「うふふ、そうか。いい風呂だったならよかった。さて、私も風呂へ入ろうか。月島、私を待つ間、茶でも欲しいか?」
 すると、赤い顔をさらに赤らめてこんなことを言ってきた。
「私を待たせる気など……無いのでしょう? 助平な音之進は」
「風呂へ行ってくる! すぐに出るから待っていろ!!」
 月島の照れたような笑顔を最後に、足早に風呂場まで行き、早速軍服を脱ぎ始める。あんな誘い文句はいくらなんでも反則だろう。
 あれでは早く出てきて抱いてくれと言っているようなものだ。実際、言っているのだろうが。
 鼻息荒く洋服を脱ぎ捨て、早速身体を清めにかかる。
 まずは髪を洗うところから始まり、身体を洗い始めたところでやけに自分が興奮していることに今さらながら気づき、慌てる手を止めて身体を泡塗れにした後、湯で泡を流して浴槽に身体を浸ける。
 そして、手で湯を掬って顔を流し、独り言を呟く。
「惚れて、しまっているなあ……ベタ惚れだ。……こんなに浮かれて……」
 ばしゃっと音を立ててまた手で湯を掬い、顔に勢いよく湯を当てて大きな溜息を吐く。
 もう、戻ることはできない。
 深くそう感じる。あの月島の良さを知ってしまったら、もう他には行けない。行くことができない。
 それがいいことなのか悪いことなのか。鯉登としては、悪いなどとは思いたくない。けれど、月島の中には未だ、鶴見が居る。
 その影を無くさなくては、本当の意味で彼を手に入れたことにはならない。
 どうしても手に入れたいものというものがあるのだ、この世の中には。そして色恋にもそういうものがある。
 鯉登はその想いを振り切るよう、もう一度顔に湯をかけて勢いよく立ち上がり、浴槽から上がって脱衣所へと足を踏み込ませたのだった。
 用意してあった寝間着は鯉登の気に入っている寝間着で、今着ても身体にしっくりと来る。母であるユキに感謝したいところだ。
 鯉登もスリッパを履き、居間へと足早に歩いて行くと、また月島は寝ていて今度こそソファに上半身を倒し、ぐっすりと寝入ってしまっている。
 ならばその間に歯磨きでもしていようと洗面台まで行って用を済ませて戻ってきても、未だ月島は寝ていて、余程汽車の旅が堪えたと見える。
 このまま抱いてしまって本当にいいのだろうか。
 逡巡するが、欲望が先に立ち、そっと屈み込んでじっと月島の寝顔を見つめる。相変わらず、穏やかな寝顔だ。まるで、子どもが眠っているようにも見える。無垢で、幼げな雰囲気もしつつ、そしてかわいらしい。
 この男が牙をむくと恐ろしいことは重々に分かっているのだが、鯉登の眼には何もかもがかわいらしく見えて仕方がない。
 つい笑んでしまい、そろりと近づいてみると寝息が顔に当たる。
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