kisses


 そんなことを考えながらぼんやりと天井を眺めていると、ごそっという音がして真正面を眼だけで見ると、月島が眠たそうに眼を擦りながら起き上がってきた。
「起きたか、月島。どうだ? 少しは疲れ、取れたか? ああ、眠たいならもう少し眠っていても構わんぞ」
「ん……いえ、起きます。すみません、なんか眠っちゃってたみたいで……」
 両手でこしこしと眼を擦る様は随分と幼げで、彼のかわいさを煽る。のどを鳴らしながら鯉登も席に座り直し、月島の分の湯のみにほうじ茶を満たしてやる。
「熱いから気を付けろ。因みに私は火傷した。舌が痛い」
 すると月島はくすくすと笑い、湯呑みを手に取った。
「ありがとうございます、いただきます」
 ずずっと茶を啜った月島の様子を見るに、寝て少し楽になったのか先ほどよりもリラックスしている様子だ。
「どうだ? 美味いか」
「はい、美味いです。はあ、落ち着く……あったかくて美味しい……」
 暫くの間、無言になり互いの茶を啜る音だけが部屋に篭り、目を瞑って茶を堪能する月島を何となく眺める。
 また穏やかな表情を浮かべている。
 鯉登の中の月島は、もっときつい表情のイメージだが、実際のところこれが本当の月島の顔なのかもしれない。
 確かに、彼は気が利くし優しい。それに、思い遣りもある、いい男だ。それは分かっているが、本当には分かっていなかったということだろうか。
 この屋敷に辿り着いて、二人きりという状況になって初めて見ることができる顔なのかもしれない。
 そうでなければ見ることもできない顔もあると、月島を通して知った鯉登だった。
 愛おし気に目を細めて見ていると、鯉登の視線に気づいた月島がこれ以上なくふんわりと笑い、思わず見惚れてしまう。
「茶……美味しいです。あなたにはコーヒーをよく淹れてもらいますが、茶も美味い……幸せです。こんな小さなことでも、幸せって感じるものなのですね……初めて知った感情です。不思議……」
 そう言ってまた茶を啜り、薄っすらと笑んでまた湯呑みを傾けている。
 何も言えなくなってしまった鯉登だ。
 まさか、月島がそのようなことを考えていてくれたとは思いもしなかった。幸せだと、言ってくれた。茶を淹れただけなのに、幸せだと。
 何だか妙に感動してしまい、必死に涙が滲むのをこらえているとまた月島が欠伸をしたので、一足先に立って湯船に湯を入れるべく、席を立つ。
「待っていろ、風呂の準備をしてくる。入りたがっていたからな、随分と」
 返事を聞く前に立ち上がって風呂場へと行き、時間を測って湯船に湯を張り始める。
 大体、二十分くらいでいい加減まで入る予定なので、それまでまたゆっくりと茶を飲めばいい。
 居間に戻ると、また月島は目を瞑っていて湯呑みを手に持ちながら背もたれに凭れかかっている。
 相当疲れたのだろうか。
 だったら、セックスなどしていないで眠らせるべきだし、未だ日にちはあるが鯉登の身体が我慢に耐えうるかといった話だ。
「月島、起きろ。今日はもう寝るか? 風呂に入ったら眠ってもいいぞ。アレは明日でもいいし、お前は何だか随分疲れているようだ」
「ん……? それは、少し……残念です。私も昨日もその前も自分で抜かないで、今日あなたと着いたその日にその……致すつもりだったので、えと、止めると言われるのはつらい……抱いて、くれないのですか?」
 かあっと身体が熱くなる感覚がして、顔まで熱が上がってくる。
「い、いや、そういうわけじゃないが……そうか、そうだったか。……そうだな。じゃあ、風呂から上がったら」
「はい、風呂から出たら……し、します。……しますっておかしいですか? で、でも、します。して、ください」
 月島の顔は真っ赤で、湯気まで出そうな勢いで顔がどす赤くなっており、誤魔化すようにして茶を啜り始めた。
「月島、お前は本当に……かわいいな」
「はい? 私が、かわいいと? いえ、あなたの方がかわいらしいですよ。いつも、私と居る時はとてもかわいくて……悶えてます」
 どうしたのだろうか、今日の月島は。些かかわいすぎやしないだろうか。
 鯉登は真っ赤になった顔を隠すようにして口元を手で押さえ、顔を逸らして何とかこの場をやり過ごそうとする。
 襲ってしまいそうだ。
 今襲ってはマズイことになる。
 月島は風呂に入りたがっているのにそれを邪魔するのは良くないことだと、さすがの鯉登も分かっているので何とか盛り上がってくる性欲を抑えつつ、時計を気にしながら湯が入るのを待つ。
 すると時間になったので荷物を漁って寝間着と洗ったふんどしを持った月島を連れて風呂場へと向かう。
 そして、浴室にて蛇口を捻って湯を止め、脱衣所にて説明を始める。
「ここにタオルがあって、浴室の中には石鹸もあるからそれを使うといい。着替えは持って来ているな? なんだったら私のを貸すが、どうする?」
「折角持って来たので自分のを着ます。あと、タオルって……?」
「手ぬぐいのことだ。西洋ではタオルという。これも自由に使っていい。あと、風呂から上がったらこのスリッパという履物をつっかけて出て来い。何か聞きたいことはあるか?」
「いえ、特には……」
「ゆっくり入ってきていいぞ。私はその間にベッドの支度をしておく。時間は気にしなくていいから、旅の疲れを落とすといい」
 月島はこくんと頷き、元々はだけていた軍服を脱ぎ始めたので脱衣所から抜け出し、二階へと向かう。
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