kisses
鶴見が居なくなり、月島はその現実が受け入れられず、いつまでも迷子の子どものように探し回っていたが、鯉登の言葉によりその絶望の淵から助け出すことに成功した二人の関係が、変わった。
というのも、鶴見がいた頃からでも二人は関係を誰にも漏らさず、秘密の交際をしていたのだが、月島はどうにも鶴見が気になるらしく、鯉登と居てもいつでも上の空で、何処かいつも一線を引かれているような、そんな付き合い方だった月島が、歩み寄ってくれているのが近頃になって分かる。
漸く、鶴見の居なくなった世界というものを受け入れ出したのか、鯉登によく甘えるようになり、そんな彼はとてもかわいく、鯉登の目に映る。
もちろん、鯉登は鶴見がいる前からも甘やかしてもらっていたが、鶴見が居なくなった今、それはもう、猫かわいがりされているといっても過言ではないほどに、甘やかしてもらっている。それは月島にも言えることで、甘えてはくるがどちらかというと遠慮がちに、申し訳なさそうに甘えてくる。
もちろん、誰か他人がいる前では二人とも素っ気ないものだが、二人きりになると途端、まるで磁石のように惹かれ合ってはくっ付いて、キスしたり抱き合ったり、愛撫のやりだ。
蜜月とはこういうことを言うのだろうか。
最近の月島は特に甘えたで、隙あらば鯉登に甘えてきては今まで二人を隔てていた隙間を埋めるように、抱きついてきたりキスをせがんでくる。
猫かわいがりは、月島も同じかもしれない。それほどまでに、彼はとにかく甘えてくる。
まるで、鶴見が居なくなったその淋しさから逃れるように、鯉登の傍に居たがり、そしてとにかく、甘えに甘えて甘えたくってくる。
月島を抱く身として、それは嬉しいが鶴見が絡んでくるとまたべつの問題になる。彼は随分と心酔していたようだし、鯉登にはついていかず鶴見を選んだ月島だ。
そのことについては、未だに確執と呼ぶべきものがあるのも仕方のないことだと思ってはいるが、時折月島がどこを見ているか分からないような、遠くを見ているようなその表情を見ると思う。
未だ、自分のモノになり切れていない、と。
彼は未だに、鶴見を忘れられずにいる。あれから随分時が経った今でも、鶴見に囚われたままだ。
そんな月島をすべて自分のモノにするべく思いついたのが、自分の実家だった。軍御用達の温泉だと人目があるし、だったら実家をもぬけの殻にしておいてそこで月島と過ごしたらどうだろうか。
そして、二人きりで時間を過ごし、二人ぼっちを楽しめば月島の心もきっと、鯉登に傾いてくれるんじゃないか。
そんな浅はかな考えを胸に、鯉登は早速母であるユキを外に連れ出すべく、画策を始めるのだった。
月島の全部は、自分のモノにしておきたい。独占欲丸出しで醜いことだが、これが愛だというのなら、受け入れたい。
そして、月島にも同じ気持ちを持ってもらいたい。もう、鶴見はどこにも居ないのだから、月島を縛るものは何もないと言いたい。
いつか、受け入れられなければならない事実もある。月島だとて、分かっているはずなのだ。もう、鶴見がどこか違う世界へ行ってしまったことくらい。
だから鯉登にも甘えてくるし、甘え過ぎるほどに甘えてくるのだろうが、しかし心の底では未だ、鶴見を求めている。
それが透けて見えるほどに分かるから、歯痒くて仕方がない。
自分では、役不足だと言われているような気がするのだ。鶴見の穴を埋めるには、物足りないのだと、暗に言われている気がする。
それを払拭すべく、月島を連れだして自分のモノにしてしまいたい。今回のこの出来事で無理ならばもう、本当に無理なのだろう。
そのくらいの覚悟を持って臨みたい。
月島のことに関してはそれくらい真剣に取り組みたいのだ。愛している、彼を鶴見から解放してやりたい。
例え、どんな方法を使っても。
結局、ユキには温泉旅行へ行ってもらうことにした。それが一番無難だし、日頃の疲れでも取って来いなどとできた息子めいたことを言って、その間の留守は気の置けない部下と共に自分が守るとも言い、鍵をもらい受けて準備は完了だ。
鍵だけは郵送で送ってもらうことにしておいて、旅館の手配も完了し後は月島を誘うだけということになる。
しかし、改めてどう言い出そうか迷ってしまう。
誰も家に居ないのだから気軽に家に遊びに来いと言えばいいのだが、何故だかそれでは来てくれないような気もしていて、二の足を踏まされる。
いつものように外食に誘う時のように気軽に言えば乗ってきてくれそうな気もするが、どうだろうか。イマイチ月島はよく分からないところで悩む癖があるだけに、気楽には誘えない。
こうなったら、色仕掛けでそういう雰囲気に持っていってその上で、流されるがまま「はい」と言わせる手しか、残念ながら鯉登の色事に関する頭ではそれしか出て来ず、早速月島を兵営の自室へと誘ってみることにする。
月島のお気に入りは鯉登が持っているクッキーだ。それを餌にして、コーヒーでも飲んでお茶をして、そしてそのままアレコレしてやって蕩けさせてやれば、そのまま頷いてくれないだろうか。
そんな期待を胸に、鯉登は月島を探しに兵営の中を歩き回るのだった。
何か考え事をしたい時、月島は必ず兵営の屋上へと行くことはリサーチ済みだ。交際する前に、よく奇襲をかけては彼に苦笑されていたことのある、思い出の場所だ。
月島はそこに居て、また例の遠い目をして微塵も動かずにじっと空の一点を見つめている。
その方向へ目をやるが、特に何かあるわけでもなく、だとしたら月島は一体、何を見ているのだろうか。
鶴見、だろうか。また、考えているのか、飽きもせずに。
嫉妬心を振り払い、努めて明るく声をかける。
「つきしまっ。探したぞ、またここに居たのか。好きだな、ここがお前は」
「鯉登、少尉殿……」
月島の眼は未だ、遠くを見ていた。鯉登を擦り抜けて、遠い遠い目を、していた。
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