デキる月島は今日も憂鬱~金曜日の夜編~
目の前を見ると、決して下品に食べているわけではないが、スプーンや箸の動きが素早い彼が口をせっせと動かしている。この人は品があるからガツガツ食っててもすごくきれいに食べているように見える。不思議だが……。
かっわいいなあ……。夢中になってる。良きことだ、食事が美味いというのは、明日の活力にもなる。
「んー!! 月島美味いっ!! 美味いぞっ!! 特にこのシチューがたまらん。やっぱりお前の作る料理はいつだって美味い! さて、では……シチューをごはんに、かけてっと……」
「それすると、次もう作ってあげませんよ」
「……なに? なんだもう一度言ってみろ。私の何がいけないんだ」
これだけは譲れない。シチューをコメにかけて食うだなんてそんな邪道もいいところの暴挙など、作った身としては絶対に譲れない。
「これ、前にもこのことでケンカしましたよね? 覚えていませんか。言っておきますが、絶対に許しませんよ。かけたら、その時点で俺はもうあなたのためにごはんは作りません」
すると、目の前の顔が見事に歪み、歯噛みしてくる。
「ぐぬぅっ……調子に乗りおって……!! いいぞ、べつに作ってくれなくても。私は、ごはんにシチューをかけて食べるのが好きだ。それを邪魔するなど……」
「そのシチューを作ったのは一体、誰でしょうね。取り上げますよ。そして、あなたの今晩のごはんはシーフードヌードルオンリーになります。それでもいいというのなら、どうぞ」
「月島ぁっ……!!」
「そんな声を出してもだめなものはだめです。カップ麺でもいいんですか?」
すると、音之進さんの眼が潤み、じっとこちらを見つめてくる。
「……月島、怒ったのか……?」
「ええ、怒っていますよ。分かっているんだったら、今すぐその邪道な食べ方は止めて、普通に食べてください。そしたら、明日の晩ごはん、リクエストなんでも聞きましょう」
ぱあっと明るくなる表情に、愛おしさが募る。この素直さが、この人はかわいい。こういうところ、好きだな……。
「だから月島は好きだ! 明日はなー、寒かったらみぞれ鍋が食べたい。タラ入れた、本格派の」
「はい、了解です。じゃあ……一緒に晩ごはんの続きですよ」
素直でイイコだな、音之進さんは。こういうところが、たまらん。そう思ってしまう俺も相当、末期なんだろうな。
目の前でニコニコ笑いながらシチューを口に運ぶ彼を見て、俺も同じようにシチューをスプーンで掬った。
その後、食事が終わって彼とコーヒータイムと洒落込みたいところだが、洗い物が待っている。山ほどの鍋と食器が俺の出番を待っている。
仕方なく席を立ち、音之進さんの分のコーヒーだけを淹れて席を立つと、彼も一緒に立ち上がって何をする気かと思ったら、布巾を持って待ち構えている様子。これは……?
「あの、なにをしているんですか。そこに居られると鍋が洗いづらいんですが」
「お前の手伝いだ! 折角の金曜の夜、一緒にコーヒーも飲めないのはつまらない。だから、手伝う。さあ、早く洗った食器を寄越せ!」
やってくれるのは嬉しい。素直に嬉しいが……彼は、よく食器を割る。それも、俺のお気に入りのやつばかり、狙ったかのように割られる。
これは、丁重にお断りしよう。その方が双方にとってもいい気がする。
「あーっと……えっと、音之進さんには違うことをしてもらいたいです。未だたたんでいない洗濯物ありますよね。タオルとか、そういうの。そっち頼めませんか。食器は俺が片付けますから」
「そ、そうか? でも洗い物の方が大変なんじゃ……」
「いいえ。俺は洗濯物の方がいやです。ですから、そっちをね」
「ん、そういうことなら任せておけ。きれいにたたんでやろう。その後は……ちゃんと二人でコーヒータイムだからな。分かっているだろうな月島」
「はいはい。じゃ、おねがいします」
すると音之進さんはどうにも得心がいっていない顔をしていたが、取りあえず洗い物から離れてくれたので良しとしよう。
正直、食器や鍋の方が面倒だが、ハッキリ言って割られたりしてそれを片づける方がうんと面倒だ。十倍の手間がかかる。
音之進さんには悪いが、ここはノータッチで願いたい。
そしてそれぞれ仕事が終わると、やってくるのはのんびりしたコーヒータイムだ。食後のコーヒーはやはり美味い。
ゆっくりとお揃いのマグの中のコーヒーを啜っていると、目の前で音之進さんがソワソワとし始めた。
ああ、そうだった。金曜日の夜は一緒風呂の約束をしていたんだった。一週間が長すぎてつい、忘れてしまいがちになるが、風呂は好きだし何しろこの高級マンションの風呂はデカい。
二人で一緒に入っても狭いことは狭いが、入れない程でもないし何より、二人の時間が長く持てるのは嬉しいが……だが、何しろ長風呂の俺。
自覚が無いとよく怒られるが、音之進さんはどちらかというとさっさと出てしまう方なので、いつも早く出ようと急かされるのが玉に瑕だ。
だがしかし、約束は約束だ。そう思って徐に席を立ち、給湯スイッチを押すと軽やかな音が鳴り、スイッチが点滅し始める。
「おお、月島風呂か。そうだったな、今日は一緒風呂の日だからな」
分かってるくせに。
「そうですよ。でも、俺の風呂の時間の邪魔は止めてくださいね。今日こそゆっくり入らせてもらいます」
すると目の前の顔が不機嫌そうになり、ほっぺたがぷくっと膨らむ。
「……長風呂月島」
「聞こえましたよ、小さな声で言っても今日は入ります。俺の至福の時間を何故奪うんですか、あなたは」
その後、無言になり互いにコーヒーを啜る音だけが耳に届く。
「じゃあ、止めますか? 一緒風呂。何も無理して入ることも無いのでは? その方がお互いゆっくりできるでしょう」
「そ、それはだめだ! だって……月島と入る風呂は楽しい。長風呂はきついが、楽しいんだ……」
「じゃ、文句は言いっこなしですよ。さ、そろそろ入る頃でしょう。風呂上がったら、今日はビール解禁日なので、好きなだけ飲んでもいいですよ」
ぱあっと明るくなる表情。そういえばこの人、酒に弱いくせにビール好きだった。まあ、金曜の夜に少し羽目外すくらいはいいだろう。どうせ明日は会社は休みだし。