デキる月島は今日も憂鬱~金曜日の夜編~
毎度のことなので驚きはしないが、恋人が目の前にいるというのに帰ってきた途端、夕食の話題とは呆れる。
「お帰りなさい、音之進さん。今日は少し冷えるので、シチューにしました。シーフードシチュー」
「おおっ! でかした月島っ!! さ、早くこっちへ来てくれ。腕に抱きたい。早く来い!!」
相変わらず、なんていうか……面倒くさい人だ。けれど、悪くない。全然、悪くない。
両手を拡げる彼を包む形で抱きしめると、すぐに背中に手が回り、ぎゅぎゅっときつい抱擁で出迎えだ。やはり、こうでなくては。
「んー……月島から、いいにおいがする。料理のにおいだ」
「音之進さんからは、外のにおいがしますね。さ、料理を盛り付けますからあなたはまずは手洗い、うがいを忘れずに。離してください」
「月島ぁ! 違うだろう。そうじゃなくて……キスはどうした。お帰りなさいのキスは無いのかと聞いている」
金曜日の夜は、何故かテンションが高まるのか、こういうおねだりがとにかく多い。こちらとしてもやぶさかではないのでしますけどね。
少し身体を離し、片手であごを捉えると音之進さんの方が背がかなり高いのに上目遣いで見つめてきて、何だか心臓が妙な具合で鳴り始めた。
なんか、ドキドキするな。
こう思うこともあまりないんだけど、何故だろうか。
何となく戸惑い、キスできずにいるとぷくっと目の前でほっぺたが膨らむ。
「遅い! 遅いぞ月島!! 私が待っているんだぞ、早くしろ!! 早くがいい、焦らすなっ!!」
「ああ、はいはい。そうですね、キスでした」
「キエエエ!! 言い方が良くない!!」
うるさい口は、塞ぐに限る。未だ「キエエエエ!!」と叫ぶ口を塞ぐ形でぱくっと口づけると、声が口のナカで木霊するがすぐに止み、その代わりに唇に優しい感触が拡がる。
やっぱり、甘い。いつも思うが、なんでこんなにこの人とするキスは甘いのだろう。彼が甘いのは分かるが、キスも甘いとは。けれど、この甘さがクセになる。そして、離れられなくしてしまうのだ。
そのままちゅっちゅと啄むようにキスすると、すぐにでも同じことをされて唇を吸われる。
「ん……つき、しまぁ……んん、ンッ、んっ、んむっ……ふ、はっ……」
声まで甘くなってる。かわいらしい声だ。男の低い声なのに、何故がいつもそう思う。甘ったるくて、蕩けそうな声はこちらの心まで溶かしてくる。
その声に煽られてしまい、つい舌を伸ばして唇を舐めてしまうと、ピクッと音之進さんの身体が少しだけ動いたのが分かった。
驚かせてしまったか。
何度も、それこそ何十回とキスなんて交わしてると思うのに、彼は一向に初心さというものを捨てない。そこが、気に入っているところでもあるんだが、こちらとしては些か控えめにしておかないとこうしてすぐに驚いて怯えてしまうので、慎重にキスは仕掛けなければならない。
言っていることは威勢がいいのに、いざこうしてキスをしたりいろいろしたりすると、怖がる。それがいやで、あまり攻撃的に責めないようにはしているものの、少し傷つく。
未だ、そこまで深く入り込んではいないのだと、思い知らされているような気がして。
ガッカリした気持ちを胸に、ただ唇を押し付けていると今度は物足りなくなったらしい。自分から舌を使って俺の唇を舐めて先を促してくる。
これを待たないとだめなのだと、毎回仕出かしてから思う。失敗したなと。
お許しがもらえたので早速、今度こそ舌で口のナカを探るように大きく舐めると、舌がじんじんするほどの甘さがやってきて、心地いいを通り越して舌に痺れる砂糖水のようなヨダレを啜りつつ、さらに舐めると今度は応戦してきて、舌同士を絡め合った舐め合いに発展し、そうなってくると恐怖も無くなるのか、ひたすらに求めてくるのもいつものことで、色事に関してはいつも彼はスロースターターだ。
初速は遅いが、一度スピードに乗ってしまえば満足するまで離してくれない。
それを待っていると言えば待っているが、待ち疲れてしまうこともしばしばあるので、ここは少しでもいいから直してもらいたいと思う。
だが、そこもかわいいといえばかわいらしい点なのかもしれない。いつまでも擦れない、イイコでかわいい子。それが彼だ。
時にわがままだが、それもまた、かわいいものだ。何しろ、子どもがまるきり大人になったような、そんな甘えたな性格を隠すべく、尊大な態度を取るがそれが彼の本当ではないことを俺は知っている。
自分だけが知っていればいい、音之進の本当の顔。
ぢゅうぢゅうと勢いよく不器用に舌を吸ってくるその痛みに、何故にこんなことにと思ってしまった。この人、キスは本当に下手くそなんだ。いや、キスだけじゃなくて愛撫も下手なんだけど、なんていうか色事全般、不器用すぎる。
求めたい気持ちばかり先走っている感じがする。以前、感情だけで突っ走るなと言ったことがあるがそれはあっさりスルーされてしまい、勢いに任せた音之進さんに首を噛まれて流血した事件がある。
あの時はまいった。
俺たちは同じ会社に勤めているため、廊下で出くわすこともたまにあるんだが、その時に俺が女性社員と喋っていたことに腹を立て、嫉妬が前面に出てしまって帰ってくるなり服を剥かれ、噛みつかれた。
それも加減なく噛みつくものだから、彼の健康な歯によって皮膚が食い破られ、暫く血が止まらないくらいひどいものされて以来、あまり社員だとしても女性には近寄らないようにしている。
また噛まれて痛い思いをするのはいやだ、というのもあるが、やはり音之進さんを悲しませたくないというのが先に立つ。