デキる月島は今日も憂鬱~金曜日の夜編~


 帰りのラッシュで混んでいる電車に揺られること三駅。
 この駅の近くにあるスーパーに用がある。
 毎日のように通っているため、もはや店員に顔を覚えられてしまい、おまけにポイントカードまで持っている。これを500ポイント貯めると500円の値引きをしてくれるありがたいポイントカードを財布に忍ばせ、早速店内を見て回る。
 店の中は結構な混み具合を見せており、金曜日は別名、来ん曜日と言われるくらい人が少ないのだが、今日は何だかやたらと人の姿が見える。
 早速野菜売り場へと向かうと、にんじんのコーナーのところに手描きのイラストが貼ってあり、それはクリームシチューの絵で、思わずのどがごぐんと鳴る。
 確かに、今日は寒いし温かなシチューはいいかもしれない。音之進さんも喜んでくれるのではないか。
 ご丁寧に、ルーまでもが絵の下に置いてある。このシチューのルーも、一から手作りしてもいいがさすがに時間が足りない。
 だったら、数種類のルーを混ぜて即席で作ってもいい。家にあるのは二種類のルーだ。このルーを買って、三種類にして旨味を出すのも手だ。
 早速かごにルーを入れて、材料の野菜をかごに入れる。そうして歩いていると、ふと目についたのは冷凍のシーフードミックスだった。
 シーフードシチューもそそられる。値札を見てみると、なんと20%引きになっていて、すぐにシーフードミックスをかごに入れた。
 今日はこれで決まりだ。
 後の副菜はなににしようか。音之進さんは何しろ好き嫌いが多い。自分と暮らすようになってからはなんでも食べてくれるようになったが、それでも時折、悲しそうな顔になっている時がある。
 そんな顔をさせたくて作っているわけではないので、できれば彼が好きそうなものがいい。
 そこで思いついたのが、根菜サラダだった。あれは好きだったはず。それと、肉気のあるものが欲しいと考えた結果、シチューを煮込んでいる間に作れる簡単ローストビーフ、あれもいい。肉を買おう。
 それくらいでいいだろうか。後は……あれか、白米を炊けば完成だな。よし、今晩のごはんは決まった。後は作るだけ。
 材料をすべて仕入れ、レジに向かう。
 ここのスーパーは激安なので有名だ。品もいいし、数は置いていないがとにかくなにを取っても美味い。安くて美味いなんて最高じゃないか。
 金を支払い、エコバッグを手に店を出る。
 さてさて、急がなければ。商店街のアーケードを急いで歩き抜け、信号で停まるとつい、空を見上げてしまう。
 もう、星が見えている。すぐに冬がやって来る。どことなく感傷的な気分にさせられると思う。だから、あまり秋は好きではない。冬はもっときらいだが。
 けれど、二人で互いの温みを分け合いながら眠る夜も悪くはないため、音之進さんと暮らし始めてから季節を巡るのが少し、楽しくなった。
 春には春の楽しみがあり、夏には夏の、そして秋には秋、冬にも楽しみはある。
 春夏秋冬、彼と過ごす日々は愛おしいものに他ならない。こんな風に、昔は思えなかったのに、変われば変わるものだ。
 いや、彼が変えてくれたのだと思う。感謝の気持ちと共に、青信号に変わった横断歩道を渡り、二人の愛の巣である高級マンションへと帰路の足を速める。
 彼が帰る前に、まずは夕食を用意しなければならない。腹ペコあおむしが帰ってくる前に、とにかく準備だ。
 マンションへと辿り着き、合鍵を使ってマンションへと踏み込んでエントランスを通り、エレベーターで八階へ。
 そしてセキュリティの問題でもう一度、鍵穴に鍵を差し込んで扉を開けると、ふわっと部屋に置いてある消臭も含めた甘いかおりが鼻に掠り、自宅に帰ってきたと実感させられる。
 ホッと息を吐き、荷物を玄関に置いて靴を脱ぎ、まずは手洗いとうがいを済ませ、一杯のコーヒーを淹れる。
 コーヒーは機械で淹れている。
 というのも、音之進さんはコーヒーにはなにか強いこだわりがあるらしく、一緒に暮らそうと決めた時に二人で選んで買ったものだ。
 確かに美味いと思うが、自分にとってコーヒーとはそれ以上でも以下でもなく、コーヒーはコーヒーとして飲めてしまうため、若干機械がかわいそうだが音之進さんが喜んでくれるのなら、それはそれでいいと思える機械だ。大切に使ってやらないと。
 しかし、外が寒かった分コーヒーがやたらと美味く感じる。これは機械がいいのかただ単に温かいものが嬉しいのか、それは謎だが両手でマグを持ち、ずずっと啜り飲むとやってくるのは幸せだ。
「はあー……あったかい……」
 思わず独り言が漏れてしまった。コーヒーの味は日によって違うと思う。やたら美味い時もあれば、さしてそうは思わない日もあるが、今日は美味い日だ。
 じっくりと味わって飲んでいて気づいた。しまった! 夕食の支度をしないと音之進さんが帰ってきてしまう。
 慌てたところで待たせればいい話だが、彼は待つのをやたらときらう傾向がある。だからこその定時なのだが、今日は少し油断してしまった。
 慌てて背広を脱ぎ、エプロンをつけて調理開始だ。
 まずは……コメを洗ってローストビーフの仕込みから。
 美味い料理を食べようと思うと、時間がかかるのは当たり前のことだ。自分だけならどんなものでも構わないが、音之進さんが俺の作るごはんをとても楽しみにしているのは知っている。なら、応えねばならない。
 せっせと手を動かし、シチューを煮込みながらレンコンやニンジンを使ったボリュームたっぷりの根菜サラダを作り終え、ローストビーフの方もほぼできあがったくらいの時間になり、時計を見ると六時半少し前。
 もうそろそろ帰ってくる頃だ。
 最後の仕上げとばかりに、炊けた白米をしゃもじで掻き混ぜ、シチューも準備OK。根菜サラダも完成。後はローストビーフに最後の火を通せばすべての料理が出揃う支度はできた。
 あとはっと……茶は料理を盛り付けてからでいいし、ああでも、コーヒーでも合うかな。どちらにしようか聞いて、まあ、こんなもんか。
 するとグッドタイミングで玄関チャイムが鳴り響く。どうやら、帰ってきたらしい。
 防犯カメラ付きのチャイムを見ると、そこには音之進さんが立っていて、手を振っている。そしてその姿が無くなった。
 オートロックをこちらで外せという合図だ。早速、ボタンを押して招き入れ、ローストビーフの最後の仕上げに入ったところで、玄関扉ががちゃがちゃと鳴る音がした。
 慌てて玄関へと走る。出迎えないと、機嫌が悪くなるのはもう知っている。
 扉が開かれるのを待つと、徐に玄関扉が開き、いつもの愛しい姿が眼に映る。
「帰ったぞ、月島ぁ! 夕飯はどうだ? 今日はどうなんだ!!」
 ……それか。
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