デキる月島は今日も憂鬱~金曜日の夜編~


 独りでそんなことを思いながら燃えていると、キューブのチーズに手を出した音之進さんが、チーズを包んでいた銀紙を捲り、口に放り込みながらこんなことを聞いてきた。
「そういえば、月島。お前の好みとはどんな女だ? 聞いたことが無かったな。というか、お前は女と付き合ったことはあるのか?」
「好みの、女……」
 そこで思い出したのは、いつかの若い日のことだった。駆け落ちしようと約束したあの子のこと。
 口にするつもりはなかった。あの子とはもう終わったし、今頃どこかの誰かのモノになっているはず。
 けれども、思い出が心を占めてしまってつい、口に出してしまった。
「癖毛……くせっ毛の子が好きです」
「癖毛? お前からそんなことを聞くの初めてだな。癖毛、か。ふむ、それで? 未だあるだろう」
「後は、そうですね……色白がいいです。肌の色が透き通るくらいに白い子……」
 そして落ちる沈黙。
 そういえば、あの子は今なにをしているだろうか。癖毛で、肌の色が白くて飛び切りの美人だったあの子。
 俺の手で、初めて幸せにしたと願った人だったのに、叶わなかったあの苦い思い出の中で生きるあの子。
 今は俺の知らない誰かの腕の中にいるんだろう。幸せそうに、笑っているといいが……。
 妙に感傷的な気分になり、ぐいっとビールを煽ると突然だった。音之進さんの手がチーズの乗った皿に伸び、それが俺の頭の上でばら撒かれ、俺は見事にチーズの雨嵐に遭い、ソファの上にバラバラとチーズが零れる。
「何をするんです!!」
「それはこちらのセリフだ! なんだ、妙に具体的じゃないか月島。もしかして、過去の女か? 何もかもが私とは正反対ではないか! 悪かったな、直毛で、色黒で!! だったら今からだって遅くは無いだろう、その女のところへ行けばいい! 私と違って、癖毛で色白のその女のところへ!」
 思わずカッとなってしまい、ビール缶をテーブルへと叩きつけるようにして置き、チーズの一つを彼にぶつけた。
「俺の何も知らないくせにっ……軽々とあの子の元へ行けと何故言えるんですか!! 無神経にもほどがあります! 大体、あなたが聞いてきたんでしょうが!! 俺は素直に答えたまでで、その答えが気に食わないからって……!!」
 すると彼は何を思ったか俺と同じくビール缶をテーブルへ置くと、まるで突進する勢いで腹回りにどんっとぶつかってきて、ひっくと肩を揺らした。
「お前こそ、どうして分からんのだ!! 私は妬いているんだぞ!! お前のことを独り占めしたいのに、お前は私とは正反対のことばかりを口にしおって……。そんなにいやか、直毛で色黒の私が!!」
「音之進さん……」
「その女のところへ行けばいいなんて、嘘だ……嘘っぱちだ。私には過去も今もお前だけなのに、お前は違った。そのことがやけに悔しくて……悲しい。行かないで欲しい、何処にも……行かないで、私の傍に居てくれ、月島……妬いて、悪かった。謝る……」
「大丈夫です、俺は何処にも行きません。寧ろ、行くところがもう無い。俺も、あなただけです。あなただけが一番で……大好きで、愛してます」
「本当か……? 私は、強欲かもしれないがお前の全部を手にしないと、気が済まない。私がお前だけがすべてなように、お前にもそうであって欲しいと思ってしまう自分が、どうしても止められない。それだけ、愛してるということを忘れないでいて欲しい」
 どうやら、彼は泣いているようで肩が断続的に揺れている。
 さらさらと指通りのいい髪ごと頭を撫で、ぽんぽんと肩を叩いた。
「俺のすべては、あなたのモノです。一緒に暮らしだしてから、その想いが強くなった気がします。俺だって、あなたのすべてを手にしたい。欲しいと思ってしまう。強欲は、俺も同じです」
「つきしま……」
 顔を上げた彼の眼にはたくさんの涙が浮かんでいて、親指の腹で拭ってやるとそれは幸せそうな顔を見せた。
「好きなんだ、月島……お前が好き過ぎて、つらい……きらいになりたいのに、どんどん惹かれていく自分が、止められない……好きだ、月島。……愛してる」
「……そういうことを、臆面もなく言えるあなたが、俺は大好きですよ。愛してます、音之進さん。俺も、あなたのことが大好きです」
 自然と近づく顔と顔。彼からは少しビールのにおいがして、両手でほっぺたを包み込むとアルコールの所為か、普段よりも少し熱い体温が感じられ、そのままの勢いで口づけてしまうと、目の前の彼が目を瞑った。
 長い睫毛が揺れている。真っ黒な睫毛だ。細かく震える瞼が何だかひどく煽情的で、煽られる。
 視線を下に持って行くと彼の素足が見え、実際触ると硬いが、見かけは柔らかそうな太ももが露わになっていて、それにもそそられる。
 やはり、下は穿かせるべきだったか。こんな姿をされていては、襲ってくださいと言っているようなものだ。
 慌てて目線を逸らし、目を瞑ってキスに没頭しようとしたところで徐に彼の顔が離れていく。
「音之進さん……?」
「……月島ぁ。少し、勃った……」
 その言葉に、心臓が大きくどきんと鳴った気がして、そのまま血液は顔と下半身に集まっていく。
「い、いけません。未だビール飲み足りないでしょう? その……このまま、シてしまうと……あなたを大切に、できなくなってしまう。ですから、もう一本くらい飲みましょう」
 すると彼は少し不服そうな顔をしたが、その代わりにぎゅっと抱きついてきて首に腕を回してくる。
「意地悪、つきしま。いつもそうやって私を突き放すんだ。私が何を欲しがっているか、分かっているのにいつもくれない。欲しい時に、くれないから意地悪なんだ」
 そう言って俺の片足を跨ぎ、膝を突っ込み太ももの上に腰掛けられ、両手でほっぺたを包み込まれる。
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