デキる月島は今日も憂鬱~金曜日の夜編~


 彼の頭のすぐ横に座ると、すぐにでも太ももに乗っかり、肘を立ててポカリを飲み始める彼の頭をさらさらと撫でると、嬉しそうにはにかんで顔を赤くした。かわいい。
「やっぱり、お前に頭を撫でられるのは好きだ。なかなかいないぞ、私の頭をこうやって撫でられる人間など。父くらいだ。でも、父よりもお前の方がずっと嬉しい。……幸せだ」
 そう言ってくぴっとボトルから直接ポカリを飲む彼の髪を梳きながら、静かな時が過ぎていく。
 こういう時に心底思う。
 彼と暮らしていてよかったと。以前、独り暮らしをしていた時はそんなこと思ったことも無かった。
 つまらない俺の人生。良いことも、悪いことも起こらないただただ淡々とした毎日に疲れていた、そんなある日に彼が飛び込んできて、一緒に暮らすようになり、こうして同じ時を過ごしている。
 同じ想いを抱えて、傍に居る。
 幸せだと、思えることができることに感謝したい。
「音之進さん……愛してますよ。俺はあなたが、大好きです」
 ついぽろりと本音が零れてしまい、自分でも驚いていると、目の前の音之進さんの顔が呆気に取られたものからすぐに真っ赤に色を変え、俺の太ももに顔を伏せてしまった。
「……反則だぞっ、今からその言葉はっ。なんなのだ、私をからかいたいのか! 突然……し、心臓に悪いっ。……でも、私もお前が好きだ。……あ、愛してる。ちゃんと、好きで、愛してるからその……ああもうっ! 言わせるなっ!!」
 くっそ、かっわいいなあもう。見えてる耳が真っ赤っかだ。
 愛おしさが募りに募り、さらさらと髪ごと頭を撫でると、その手が不意に取られ、顔を上げたと思ったら頬に押し当てられた。
 未だ熱いな……ビールはちょっと待ってもらわないと。
 彼は愛おしそうに取った手に擦り寄ってきて、柔らかな笑みを浮かべた。
「つきしまの……手が好きだ。手だけじゃなく、何もかも好きだけれど……やはり手だ。手がいい。大きくて、ごつごつしてて、でも温かくて気持ちイイ……優しくて大好きな手」
「音之進さん、好きなのは……手だけですか?」
「え……」
 身体を精一杯屈め、額と両頬にキスを落とし、手であごを掬い上げて、最後に唇にちゅっと音を立てて口づけると、赤かった顔がますます赤くなる。
「つ、つきしまっ!! お、お前はちょっと私を甘やかし過ぎだ。ますます……お前に惚れてしまう。どうしてくれるっ! もうこれ以上、好きにはなれないのに……また、好きになってしまう……」
 そう言って膝にしな垂れかかってくる彼に、危うく欲情してしまい、両手で頬を包み込みつつ耳や首にキスを落とす。
「や、ちょっ……つきしま! ぽ、ポカリが零れる!! ま、待っ……!!」
「あなたはそのポカリを零さないよう、大人しくしててくださいね。ほら、両手で持っていないと零れますよ」
 今度は耳たぶを柔らかく食み、ビグッと跳ねた身体を眼に入れつつ、頬を包んでいた手を離し、その手でパジャマのボタンを外しにかかる。
 このまま抱いてやれ。
 悪魔の囁きに負けた俺は本能のまま、首元にしゃぶりつきちゅっちゅと音を立てさせながら喉仏や鎖骨にキスを落とす。
 甘いにおいがする……音之進さんのにおいだ。ボディーソープのにおいと絡まって、すごくいいにおい。
 欲情するにおいだ。
 すんすんと鼻を鳴らしてさらにボタンを外し、胸元に手を突っ込んだところで、いきなりずいっと目の前に空になったポカリのボトルが差し出され、そこで漸く我に返ることができた。
「ま、待った! つ、つきしま!! び、ビール……未だ、私たちはビールも飲んでいないんだぞ。そ、それに今夜は……べ、ベッドで、その……アレ、アレを、だからビール」
「はあっ、ビール? ……あ、ああ、ビール、ビールですね。そ、そうでした。そうだった……はあっ、すみません、何だか独りで盛り上がってしまって」
「いや、私の方こそ……止めていいものか迷ったのだが、やはりな、ビールが飲みたい。もういいだろう? お預けは。今からは、ビールで乾杯の時間だ」
 ぱんっと音之進さんが両手を合わせた音で、さらに薄ぼんやりとした欲情が晴れ、そそくさとソファから離れる。
「い、いま持ってきますね、金曜限定プレミアムビールと……後は、おつまみはキューブのチーズでいいですか?」
「ああ、かまわん。なんでもいいから持って来い。私はビールが飲みたい。月島、お前とな」
 この人は俺を喜ばせることに長けすぎてないか? この人の言葉一つで、俺はいつでも有頂天になれる。
 早速、冷蔵庫で待機しているビール缶を盆の上に乗せ、ついでに今日買って来たキューブ型のいろんなフレーバーのチーズも皿に乗せてビールの隣へ置き、運んで行くとそれは嬉しそうな顔を見せ、パジャマのズボンも穿かないままソファに座っているその眼の前へと置いてやる。
「来たな、ビールが。見ろ、ビールも私に飲まれたがっているのが分かるか。では、改めて乾杯だな」
「ええ、お待たせしました。……じゃ、乾杯しましょうか」
 二人でささやかにビール缶を触れ合わせ、思い切り冷えたビールをのどへと流し込むと、やってくるのは最高の極楽だ。
「っかー!! 美味い!! はあ、やっぱり金曜限定のプレミアムビールはたまらんな。ふう、もう一口……」
「飲み過ぎはいけませんが……たまにはいいですよね」
 彼はビールを煽りながら手でちょいちょいと払う仕草をした。
「お前は硬すぎるぞ月島。だから融通が利かんと言われるんだ。たまには羽目を外してみるのもいいものだぞ。特に、金曜は宅飲みだし、無礼講だ。今日は飲むぞ!」
「……この後が控えているのを、どうかお忘れなく」
 そうやって釘を刺すのも忘れない。グッタリ酔い潰れられてセックスできないんじゃ、どこでこの溜まり溜まった性欲を発散したらいいのか分からなくなる。恋人が傍で寝てるのに右手がお友達なんてごめんだ。
 絶対に、今日は抱かせてもらう。
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