novelmber 2024
昔ぼくが住んでいた街には、あちらこちらに掲示板が立っていた。掲示板にはいつも、誰かが書いたメモの切れ端が、ピンで留められていた。待ち合わせやちょっとした休憩の時なんかに掲示板に立ち寄った人たちが、即興で思いついた物語の切れ端なのだった。
それは何だっていい、世界の話でも猫の話でも宇宙の話でも背中にできた吹き出物の話でも、その時頭に浮かんだ物語の、その一端だけでも書き記してピン留めしておくのが、街の人々の習慣だった。そうして、それを見た人が、また即興で、物語を繋げていくのだ。
『風が煙突の上を吹き渡るたびに音楽を奏でるので、その街の人々は迷惑していた。』
ぼくがある日行き当たった物語の切れ端は、そんな文章だった。この文章に何か繋げたいと思って、毎朝その前を通るたび、ぼくはその書き付けに目を凝らした。けれどもぼくの貧困な想像力は、その世界に吹き渡る風の音色を想像できても、その先を思いつけなかった。
ぼくが考え続ける間に、誰かがそこに続きを繋げたのだったと思う。でも、ぼくはそれを読まなかった。ぼくは、ぼくだけの物語の続きを考えたかったのだ。
結局あの紙切れは風化して塵となってしまったが、今でもあの一文はぼくの中に残っている。
真っ白の画面と向き合い指をキーボードに滑らせる時、ぼくはあの文章を唱えるのだ。
それは何だっていい、世界の話でも猫の話でも宇宙の話でも背中にできた吹き出物の話でも、その時頭に浮かんだ物語の、その一端だけでも書き記してピン留めしておくのが、街の人々の習慣だった。そうして、それを見た人が、また即興で、物語を繋げていくのだ。
『風が煙突の上を吹き渡るたびに音楽を奏でるので、その街の人々は迷惑していた。』
ぼくがある日行き当たった物語の切れ端は、そんな文章だった。この文章に何か繋げたいと思って、毎朝その前を通るたび、ぼくはその書き付けに目を凝らした。けれどもぼくの貧困な想像力は、その世界に吹き渡る風の音色を想像できても、その先を思いつけなかった。
ぼくが考え続ける間に、誰かがそこに続きを繋げたのだったと思う。でも、ぼくはそれを読まなかった。ぼくは、ぼくだけの物語の続きを考えたかったのだ。
結局あの紙切れは風化して塵となってしまったが、今でもあの一文はぼくの中に残っている。
真っ白の画面と向き合い指をキーボードに滑らせる時、ぼくはあの文章を唱えるのだ。