秋の束(九〜十一月)

 昨今、気軽に旅行へ出かけることが、なかなか難しくなった。海外はもちろん、隣の県へ出かけるだけでも人の目を気にしない訳にいかない。政府が観光業界、ひいてはそれに連なる地方経済のために打ち出したキャンペーンも、私のような臆病者には効果がない。
 と言うことで、そんな人でも気晴らしに出かけることのできるお手軽な旅行法を紹介したい。
 まず用意していただきたいのは、どこのご家庭にもある、火吹きトカゲのなめし革。それとウロコアンドンのウロコ、ロープ、ロウソクにマッチ。旅行先で小腹が空いたときのために、腹持ちのいいガムや億年サボテン飴なんかもあると役立つ。何せこれから行く先には、私たちの口に合う食べ物があるか、不明確なのだから。
 さて、これらを用意したら、ロープで陣地を張り、なめし革にウロコを散らしたものにロウを垂らそう。それらがいい塩梅に柔らかくなってきたら、陣地から身体がはみ出ないように気を付けて(ここで失敗したら見るも無残な結果になるので細心の注意を払おう)、ひと思いに両足で踏みつける! これだけ!
 成功していれば、周りの景色が一変しているはずだ。ただ、景色がまだ定まっていない場合は、陣地の中で落ち着くのを待とう(ここで焦ったら見るも無残な結果になるので細心の注意を払おう)。
 どこに出るかは、その日の運次第。ツイていれば美食三昧のグルメ世界やフィクション温泉街、妄想リゾート地なんかに行けるだろう。ツイていなければ、誰も見たことのない、話に聞いたこともない世界に辿り着くかもしれない。人によっては、その方が嬉しいかもしれないけれど。
 さて。まさかこの先を読む前に前述の旅行法を試すような気の早い御仁はいないだろうと思うが、もしいたとしたら、ただ同情の意を示したい。
 この方法で辿り着いた場所から帰るには、行きと同じ工程を取る必要がある。つまり、なめし革もウロコも、新品がもうひとセットなければいけないのだ。なかったらどうすればいいかって? 
 開き直って、そこで一生暮らすことをお勧めする。
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