夏の束(六〜八月)

 毎日、祈りの塔から見える彼女の、真摯に祈りを捧げるその姿に恋をした。
 遥か昔、異常気象によって太陽が姿を消してからというもの、人間は古い予言を信じて巫女を立て、再び太陽が上るようにと祈りを捧げるようになった。巫女と言っても本当にそういう力がある女性は今まで出ておらず、巫女に選出された女性は皆、規定の年齢になったら職を変えて、それぞれの道を歩んでいるらしい。ただ完全に形骸化した慣習という訳でもなく、やはり人々は巫女に太陽への希望を託し、巫女はその希望を叶えようと懸命だ。
 幼い頃から祈りの塔で、巫女の世話係として働いてきたぼくは、彼女を初めて見たときから、それまでの巫女とは違うものを感じた。ひとことで言うなら、神秘的。そして、どこか儚げだった。
「今日から一週間、食事を運んでこなくて大丈夫だよ」
 彼女は、塔に篭って祈ると言う。今まで誰ひとり、そんなことはしたことがなかった。心配するぼくに、彼女は微笑んだ。
「いつもありがとう。私の祈りが届いたら、きっと太陽はまた上るよ。……でも、そうなったら、もう君とは会えない。それだけが心残り」
 彼女の言葉の意味が分かったのは、一週間後、本当に太陽が上ってからだった。人々はこれまで感じたこともなかった眩い光に歓喜し、本物の巫女を讃えた。しかし当の彼女はひどく衰弱し、運び出されて別室で手当てを受けるらしい。ぼくも手伝います、と名乗りをあげたが、それは彼女自身が嫌がっているのだと教えられた。
「あの子は、太陽のために、自らの生命力を全て費やしてしまったんだ。今のあの子は、もう君の知っているあの子じゃない」
 それでも諦めきれずにこっそりと部屋に忍び込むと、そこには枯れた木のように痩せ、かろうじて呼吸をしている、知らない何かの姿があった。
「君だけには、見られたくなかったんだけどなあ」
 喘ぎながら、嗄れた声がそう泣いたのが、背後で聞こえた。
 だからぼくは、それから太陽を一度も見ていない。
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