春の束(三〜五月)
息荒く地面に倒れ伏す師を見下ろして、少年は手にした剣を下ろした。まだ幼さの残る大きな目に、月光が揺らめく。
「躊躇うことはない……教えた通りにやりなさい」
既に深傷を負っているとは思えない、冷静な表情と言葉が、少年の耳に届く。暫しの沈黙の後、少年は顔を歪めた。
「……ぼくは貴方に教わったのです。剣の振るい方も、狩りのやり方も、食材の見分け方も、料理の仕方も、……正しくあるということはどうあることかも」
「だから、こうしたんだろう。教えた通りに」
少年の唇が震え、喉の奥から微かな声が漏れる。尊敬する師の身体に突き立てた剣の感触が、掌に生々しく残っている。それを、もう一度。今度は確実に、もうこれ以上苦しめないように。
理解と可能とは、同義ではない。
少年は、自分の頭より下を動かすやり方を思い出せなかった。
「貴方は、なぜ……なぜ、領主様に逆らうようなことを」
その問いに、仰向けに倒れた男が浅く笑う。できの悪い生徒の答えに、呆れるように。少年は、狩を上手くできずにいた頃、よくその笑みを目にしたものだった。
「私は教えたはずだ、考えるということを。与えられた教えをなぞるだけでは足りない。考えなさい、私の行動の意味を。今ここで私が死んだなら……それからずっと、お前はその意味を考え続けなくてはならない」
「分かりません、ぼくには……」
男は目を瞑り、小さく息を吐いた。残された力を振り絞るように呟いた。
「考えなさい。己が正しいと思って力を振るったなら、その結末の後も、考え続けることを引き受けなければならない」
「先生、ぼくは……」
男は目を開き、少年を見上げた。月の光が散らばる柔らかい眼差しに、少年は在りし日を思った。
「私はもう、お前の先生ではないよ」
それが最後の言葉だった。少年は剣を手放し、息絶えた男のそばに駆け寄った。もう二度と誰にも呼びかけないだろう言葉を、月が沈むまで繰り返し続けた。
「躊躇うことはない……教えた通りにやりなさい」
既に深傷を負っているとは思えない、冷静な表情と言葉が、少年の耳に届く。暫しの沈黙の後、少年は顔を歪めた。
「……ぼくは貴方に教わったのです。剣の振るい方も、狩りのやり方も、食材の見分け方も、料理の仕方も、……正しくあるということはどうあることかも」
「だから、こうしたんだろう。教えた通りに」
少年の唇が震え、喉の奥から微かな声が漏れる。尊敬する師の身体に突き立てた剣の感触が、掌に生々しく残っている。それを、もう一度。今度は確実に、もうこれ以上苦しめないように。
理解と可能とは、同義ではない。
少年は、自分の頭より下を動かすやり方を思い出せなかった。
「貴方は、なぜ……なぜ、領主様に逆らうようなことを」
その問いに、仰向けに倒れた男が浅く笑う。できの悪い生徒の答えに、呆れるように。少年は、狩を上手くできずにいた頃、よくその笑みを目にしたものだった。
「私は教えたはずだ、考えるということを。与えられた教えをなぞるだけでは足りない。考えなさい、私の行動の意味を。今ここで私が死んだなら……それからずっと、お前はその意味を考え続けなくてはならない」
「分かりません、ぼくには……」
男は目を瞑り、小さく息を吐いた。残された力を振り絞るように呟いた。
「考えなさい。己が正しいと思って力を振るったなら、その結末の後も、考え続けることを引き受けなければならない」
「先生、ぼくは……」
男は目を開き、少年を見上げた。月の光が散らばる柔らかい眼差しに、少年は在りし日を思った。
「私はもう、お前の先生ではないよ」
それが最後の言葉だった。少年は剣を手放し、息絶えた男のそばに駆け寄った。もう二度と誰にも呼びかけないだろう言葉を、月が沈むまで繰り返し続けた。
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