ふたつ星には届かない

「そう……。あの子はカルに会えたのね」
 楽園の星から帰還した俺は、その足で故郷の実家からほど近い、ポルの家に向かった。俺を迎えてくれたポルの母親は、記憶にあるのよりも随分と小さく細くなったような気がした。ポル以外に、彼女に家族と呼べるものはいないらしかった。
「カル?」
 俺が反復すると、彼女は不思議な笑みを浮かべた。何かを諦めたような。
「ダイチ君も見たからわかったと思うけれど、あの子の双子の兄弟よ。ポルが弟、カルが兄」
 俺は長い息を吐いた。そうだろうと思っていたし、それ以外にはないだろうとも思っていた。だから全く驚いてはいない、けれどもそれだけに、全てが確定したのだとわかって、尚のこと虚しくなった。
「やっぱり双子でしたか。そっくりでした」
「そうでしょう。そう、あの子達、楽園の星に……」
 ポルとカルの母は、彼ら双子が大人たちの事情によって生まれてすぐ引き離され、互いの存在を知らされないままに何光年もを隔てられて生活していたことを話してくれた。自分に双子の兄弟がいるなんて知らないはずなのに、ポルがそれを直感していたことも。
「あの子、それまで漠然と星空を見上げるばかりだったのに、ある晩帰ってきてはっきり言ったの」
『僕を待っている誰かを探すために、宇宙船員資格を取りたい』
「そんな人いないのよ、と言っても無駄だったわ。ポルは、カルが自分を待っていると、確信していたみたい」
 彼女は苦笑いを浮かべ、頬に手を当てた。
「それからの猛勉強ぶりは……ダイチ君も知っての通り。でも本当に、カルを探し当てるなんて。十年前にダイチ君から話を聞いた時はまさかと思っていたけれど、そう……。あの子はやり遂げたのね」
 どうやら彼女は、ポルのこともカルのことも、とっくに諦めていたようだった。潔すぎるとも思えるが、しかし一度も話していない片割れの存在を確信し、それに会うためだけに生きていたポルを最も近くで見ていたのだから、そうなるのも当然かも知れなかった。
 俺が家を辞す時、双子の母は言った。
「ダイチ君も、もうポルのことは忘れてちょうだい。あなたにはあなたの人生があるわ。ポルは産んだ私よりも、共に生まれた兄弟を選んだ。ううん。私だけじゃない、他の全てよりも、それを優先したの。……そういう子よ」
 俺はただ黙って頭を下げて、車に乗り込んだ。しばらく走って、それから脇道に停車した。フロントガラスを雨が打ち始め、やがて本降りになった。寒気がする。
 俺はポルと過ごした日々を思い出し、ついこの間見たポルの表情を思い出した。十年間、俺と過ごさなかったポルの表情を。
 楽園の星で見たポルは、俺が一度も見たことのない笑顔を浮かべていた。
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