月見泥棒

 建物はとても広くて、とても静かだった。本当に少年の他は誰もいないようだ。調度品から何から、全てが壁や床と同じ、白く内側から輝く石でできていた。
 中庭には白い植物が、白い葉や白い花をそよりともさせずに生えていた。噴水からは綺麗な水が噴き上がり、そこだけ清浄な水音が響いていた。
「ここはお気に入りの場所なんだ。水の音がするからね。ここではぼくが楽器を演奏でもしない限り、他に音はしないから……」
 中庭から見上げた空は深い深い宇宙の色で、今までに見た夜空の中で最も美しかった。耳をすませば、星のぶつかる音が聴こえてきそうだった。
 少年は宮殿内をあちこち案内してくれた。白鍵しかない白いピアノや何も書かれていない楽譜が並ぶ音楽室、白紙の本が白い本棚に詰め込まれた図書室、白い額縁はそれのみが階段に飾られている。そんな中を歩きながら、少年は色々な話をしてくれた。星の間を飛び回る、すばしこい兎の話。宇宙の海をせわしなく渡る、小さな蟹の話。
 しかし少年が黙ってしまうと、静けさが耳に刺さるようだった。
「そろそろ一周する頃かしら」
 私の呟きに、少年は足を止めて首を振った。
「ううん。まだ半分といった所だよ」
「そうなの」
 随分長いこと歩いてきたように感じられるのに。
 私の顔を見て、少年はふと微笑んだ。赤みの強い目なんて怖いはずなのに、なぜか温かみがあって、ほっとする。
「でも、もうお姉さんは帰らないといけないね」
 その声に寂しさを感じてしまって、私は思わず、彼の手を取った。ふわふわの、雲のような……兎の毛のような触り心地の、暖かな手だ。
「付き合わせてしまってごめんね。ぼくはお供物しか、持ってこられないものだから……ここはひとりじゃ寂しいんだ」
「それなら」
 私がまた来てあげる。
 そう言い終わらぬうちに視界がぼやけて、何もかもが白く溶けていった。少年の手の感触も、ほのかに輝く建物の壁も、何もかもが、白く。
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