女難
夕方まで傷心を引きずって、既に暗くなった道をとぼとぼと帰った。何で俺がこんな目に遭わなくてはいけないのか。
玄関の電灯が切れていたことを思い出しつつ、足下の靴につまずく。……あれ、俺こんなに靴持ってたっけ……。暗がりを歩いて居間に入り、電灯のスイッチに手を伸ばした。そこで、何かスイッチではない物に触れた。
「……?」
こんな所に物など置いていない。でも指は相変わらず何か柔らかく暖かい物に触れている。その時カーテンを開けたままの窓から車の光が差し込み、俺の手元を照らした。
女がいた。
「うわああああ」
何が何だかわからず、俺は急いで玄関へ向かった。ドアを開けて廊下へ出ようとすると、左手を掴まれた。
「おかえりなさい。昼間の話の続きをしましょう」
転がっていたのはこの女の靴だった。
「く、来るな!!」
どうにか腕を振り解き、俺はアパートの階段を走り降りた。後ろから追って来ているのかどうか確認している暇はない。通行人が驚いて見るくらい必死に、俺は数駅分の距離を走り抜けた。この時間ならいるだろう。頼む、いてくれ……!
たどり着いたアパートのインターホンを鳴らすとすぐにヒガシがドアを開き、俺を見てポカンと口を開けた。
「小風、どうした? まあ、とにかく入れよ」
俺同様に一人暮らしのヒガシの部屋に腰を落ち着け、俺は息せき切って先ほど起こったことを話した。ヒガシは真剣な顔で、言葉も挟まずに聴いてくれた。
「それはもう警察案件だな。朝になったら一緒に行こうぜ。今日は泊まってけ」
「ヒガシ……」
持つべきものは恋人ではなく親友なのかもしれない。
心から安心しつつ、俺はヒガシが敷いてくれた布団の中で目を閉じた。色々なことが起きて疲れていたのだろう、すぐに眠ってしまったようだが、何か声がして目が覚めた。部屋に煌々と明かりがついている。
「ヒガシ?」
起き上がる前に違和感を抱く。その正体はすぐに判明した。
あの女が隣に座っていた。
「ひいっ」
慌てて寝ているヒガシを起こそうと、その体を揺り動かした。……が、何か変だ。
「私と小風君の仲を邪魔しようとするから」
背後にピッタリくっついて、女が言う。ごろんと転がったヒガシの胸元に、深々と包丁が……。
「ひ、……!」
その顔まで見ることはできなかった。俺は目を閉じて蹲りたいのを必死で堪えて、女を突き飛ばした。もう警察に駆け込むしかない。
「小風君」
玄関から飛び出すと、女が縋り付いて来た。
「離せ!」
上階と下階に向かう階段が共に右手にある小さな共用スペースで、俺たちは揉み合った。何度足蹴にしても女は腕を俺に突き出し、むしゃぶりついてこようとする。
俺はとにかく下へ向かう階段に向かおうとしたが、女が全く離れようとしないので、とうとう足を滑らせた。
「うわ」
バランスを崩す。
そう思ったのが最後だった。
玄関の電灯が切れていたことを思い出しつつ、足下の靴につまずく。……あれ、俺こんなに靴持ってたっけ……。暗がりを歩いて居間に入り、電灯のスイッチに手を伸ばした。そこで、何かスイッチではない物に触れた。
「……?」
こんな所に物など置いていない。でも指は相変わらず何か柔らかく暖かい物に触れている。その時カーテンを開けたままの窓から車の光が差し込み、俺の手元を照らした。
女がいた。
「うわああああ」
何が何だかわからず、俺は急いで玄関へ向かった。ドアを開けて廊下へ出ようとすると、左手を掴まれた。
「おかえりなさい。昼間の話の続きをしましょう」
転がっていたのはこの女の靴だった。
「く、来るな!!」
どうにか腕を振り解き、俺はアパートの階段を走り降りた。後ろから追って来ているのかどうか確認している暇はない。通行人が驚いて見るくらい必死に、俺は数駅分の距離を走り抜けた。この時間ならいるだろう。頼む、いてくれ……!
たどり着いたアパートのインターホンを鳴らすとすぐにヒガシがドアを開き、俺を見てポカンと口を開けた。
「小風、どうした? まあ、とにかく入れよ」
俺同様に一人暮らしのヒガシの部屋に腰を落ち着け、俺は息せき切って先ほど起こったことを話した。ヒガシは真剣な顔で、言葉も挟まずに聴いてくれた。
「それはもう警察案件だな。朝になったら一緒に行こうぜ。今日は泊まってけ」
「ヒガシ……」
持つべきものは恋人ではなく親友なのかもしれない。
心から安心しつつ、俺はヒガシが敷いてくれた布団の中で目を閉じた。色々なことが起きて疲れていたのだろう、すぐに眠ってしまったようだが、何か声がして目が覚めた。部屋に煌々と明かりがついている。
「ヒガシ?」
起き上がる前に違和感を抱く。その正体はすぐに判明した。
あの女が隣に座っていた。
「ひいっ」
慌てて寝ているヒガシを起こそうと、その体を揺り動かした。……が、何か変だ。
「私と小風君の仲を邪魔しようとするから」
背後にピッタリくっついて、女が言う。ごろんと転がったヒガシの胸元に、深々と包丁が……。
「ひ、……!」
その顔まで見ることはできなかった。俺は目を閉じて蹲りたいのを必死で堪えて、女を突き飛ばした。もう警察に駆け込むしかない。
「小風君」
玄関から飛び出すと、女が縋り付いて来た。
「離せ!」
上階と下階に向かう階段が共に右手にある小さな共用スペースで、俺たちは揉み合った。何度足蹴にしても女は腕を俺に突き出し、むしゃぶりついてこようとする。
俺はとにかく下へ向かう階段に向かおうとしたが、女が全く離れようとしないので、とうとう足を滑らせた。
「うわ」
バランスを崩す。
そう思ったのが最後だった。