女難

 大学に入学する時、この四年間でしたいことを色々計画したのだが、その中に「恋愛」がある。高校時代はそういう経験がなく過ごしてしまったので、大学在学中に彼女ができたらいいなと思っていたのだが……実は最近、バイト先に気になる女の子がいる。
「先輩、お疲れ様です。今日は早い入りですね」
 従業員用出入口から入って行った俺を明るい声で出迎えてくれた、可愛い女の子……相原さん。最近入ってきたバイトだが、真面目で気配りができて雑談にも程よく付き合ってくれるのが嬉しくて、よく話しかけてしまう。
「お疲れ様。今日は午後の授業が休講になっててさ。予定外だけどヘルプで入ろうかなって」
「それはありがたいです!」
 ニコッと笑った顔に癒されながら、俺は厨房に入った。調理は担当できないが、盛り付けは得意だ。
「相原さん、最近はどう? 慣れてきた?」
 冷凍庫の中から食材を取り出す。レンジで加熱している間に注文待ちがいないかを確認する。昼の間はカフェとして開いているので、店内にはちらほら客がいる。
「はい! ありがとうございます。先輩や皆さんのおかげで少しずつ」
「それはよかった」
 食器を所定の位置に戻しつつ、ちらりと相原さんを見る。注文をとり、テーブルを片付け、電話の応対も率先して行い、キビキビ立ち働く姿が眩しい。
「相原さんは何のためにこのバイトを始めたの?」
 ちょうど客がいなくなったタイミングで聴いてみると、意外な答えが返ってきた。
「大学の空き時間って暇で。空いた時間を潰してお金ももらえるならいいかなって」
「へえ。まあ確かに、遊ぶお金には困らないもんね。彼氏とのデートとか……」
 ちょっとした探りのつもりで言ってみたら、彼女は勢いよく首を振った。
「彼氏なんていないですよ」
「本当に? モテそうなのに」
 相原さんはわたわたと手を振り否定する。
「そんなことないです」
「そんなことあると思うけどなあ。ちなみに、好きなタイプは?」
 我ながら攻めるなあと思いつつ聞くと、相原さんは顔を真っ赤にしてしまった。
「……先輩みたいな人です」
「え」
 びっくりして食器を取り落としそうになった。聞き間違いかとも思ったけれど、多分違う。でもここでガツガツいくのも、それはそれでよくない気がする。
「と、とりあえず……連絡先交換する?」
 ポケットからスマホを出して、メッセージアプリを起動する。相原さんの差し出したスマホと突き合わせている時に、何か視線を感じた。
 不思議に思って店内を見渡した俺の目に、あの女の姿が飛び込んできた。静かに入口のガラス扉の前に佇み、俺の手元をじっ……と見ている。
「……っ」
 思わずよろめき、背後の棚に背中が当たった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「そ、そこに」
 恐る恐る指差した先には、もう誰の姿もない。
「夢でも見たんじゃないですか」
「そ、そうなのかな……。いや、そうだよね、はは」
 きっと気にしすぎなのだ。俺が勝手な妄想を膨らませて怖がっているだけなんだ……。
 その時は、そう考えてなんとか気を落ち着かせた。けれども翌日、大学の講義室でスマホを開いてギョッとした。メッセージアプリに、見知らぬアカウントからの通知が来ている。寒気を感じつつも文面を開いてみると、
『アプリ持ってるじゃありませんか』。
 慌てて周りを見渡す。
 ……いた。
 あの女だ。スマホを手に、こちらを見ている。こぼれ落ちそうな程見開かれた目から視線を引き剥がし、慌ててそのメッセージの差出人をブロックした。もう、女のいる方向を見られなかった。
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