満ちる

 ろぼたは喋らない。二年ほど前に言語分野がお釈迦になってしまったからだ。万能ロボの癖に自分の修理ができないろぼたは、だからずっと表情の表示機能しか使えない。
 それでも特に不満はなかった。ぼく以外人間のいないこの小さな島にも、いくらか蔵書はあったから。
 本はいい。何度も読んだ文章でも、その時の自分の状態によって伝わってくるものが変わる。ぼくは祖父が死んでからというもの、何度も、劇中人物の台詞を目で追って過ごして来た。特にこの二年間は、島の植物や魚を食べるだけの生活の中で、言葉を摂取する手段は本だけだった。
 時折、考える。この島から出てみたら。
 けれど祖父がよく言っていた。彼が幼いぼくを連れて脱出した本島は、地獄だと。深刻な物資不足により、人らしい情を持った人間などいなくなってしまったのだと。
 小屋に戻り、瓶を眺める。どうやらボトルメールというやつらしい。中の紙は、書かれてそれほど時間は経過していないみたいだ。何の気なしに紙を開き、ハッとした。祖父のでもぼくのでも、印刷されたものでもない文字なんて久しぶりに見た。
 書かれた内容はシンプルだった。
『私は毎日楽しく元気に過ごしています』
 ぼくはもう一度、それから何度も、文面を目で追った。丸みを帯び、どこか優しささえ滲む青インクを。
 祖父の怒った顔が浮かんだけれど、青文字にかき消されていく。
 二年ぶりに感じた人の言葉が全身を巡り、ぼくを温める。そうか、ぼくはこんなにも飢えていたのかと、ようやく気がついた。
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