人間

 雪解けの時期が、もうすぐやって来る。初めてゾンビが確認されてから一年が経とうとしている。世間はとうにこの事態に慣れ、俺の上司はますます儲かり、街は死者で溢れて、次第に窮屈になってきた。
「そろそろ公的機関から、対ゾンビ待遇のノウハウ協力要請が来るだろうな」
 上司がニヤッと笑う。
 俺は相変わらず、色とりどりのモデルハウスを訪ね歩く毎日を送っている。子供、甥姪、兄弟姉妹、もしくは母や父、何にでもなって、ゾンビたちを幸福にする。仕事の合間に、ふと、彼女の声が聞こえる気がすることがある。俺の後をついて回っていた彼女は、彼女のお婆ちゃん同様、もうどこにもいない。
 あの日、俺は母さんを家に連れ帰って、上司に連絡をとった。
「ピンクのモデルハウスのゾンビの家族が、ピンクのモデルハウスのゾンビを葬りました。俺が事務所で雪が止むのを待っている間にやったみたいです」
「それで、そいつは?」
「行方不明です」
 嘘はついていない。真実を話してもいないけれど。
 母さんが俺の手を撫でてくれたあの瞬間、俺は理解した。人間は魂だけでできているのではない。例え魂がそこになくても、その人が生きて経験してきた全てを、体は記憶している。その記憶を本人が意識できないとしても。
 完全ではないかもしれない。しかしそれでも、ゾンビはやはり、人間なのだ。
 俺は『人間』を幸福にする仕事をこれからも続けるだろう。この地球に蔓延した異常事態が終了する、そのときまで。ひょっとするとそうなる前に、自分も幸福にされる側に回るのかもしれない。
 でも、それもいいじゃないか。
 母さんと共に暮らし、雪に飲まれた彼女を愛した記憶を抱いて、俺の体が動くのだ。
 道路の氷も溶けて、転んだままのゾンビは少ない。俺は生者と死者との間を歩く。可愛いかったコンビニ店員からもぎ取った弁当を提げ、家へ帰る。
 玄関のドアを開けると居間から母さんが顔を覗かせる。だいぶ崩れた顔で、にこっと笑う。
「おかえり。今日もよく頑張ったね」
 俺は笑って答える。
「ただいま、母さん」
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