51話 ある使い魔のバレンタイン
バレンタインには、いつもお友達や家族に可愛いカードを贈ることにしていた。日頃の感謝の気持ちを込めて、慣れない飾り文字に挑戦したり、キラキラしたカラフルなインクを使ったりして。でも、お兄様の使い魔になった今、そんなカードを贈れる相手は限られている。なぜならバレンタインも、クリスマス同様、基本的に悪魔が祝うものではないから。
「もう……悪魔の立場でパーっと楽しくお祝いできる日って、何かないのかしら」
お兄様のお部屋を魔法で掃除中、手を止めて呟いた私に、可愛いコウモリの一族長が、きき、と鳴いた。『あるにはあるけれども、元人間のダイアナには面白くないと思うよ』。詳しく聞いてみると、本当に何が楽しいのかよく分からなかったので、悪魔的なお祭りに期待するのは諦めることにして、とりあえずは迫っているバレンタインに、限られた相手へカードを贈ることにした。
二月十四日まで、あと少し。お洒落で大人っぽいデザインのカードを見つけて、ウキウキと文具店から帰ってきた私は、机に向かってあからさまに落ち込んでいるお兄様の姿を見つけた。普段はしゃきっとしていて凄くカッコいいのに、今はどんより、カッコよくない。自分のスマートフォンの画面を見つめては、ため息をついている。どうしたのかなんて、尋ねなくても分かる。お兄様の使い魔としては当然のこと。いつも落ち着いているお兄様が感情をあらわにして落ち込むなんて、あの天使様に関することに決まってる。
私が隣に座っても一向に気が付かず、メッセージアプリの画面を指で撫でては大きく息を吐き……これは天使様からの返信が来ないのね、と踏んで話しかけたら、本当にそうだった。それにしても、お兄様の天使様への感情は、ちょっと大き過ぎやしないかしら。そういう経験がないまま使い魔になってしまった私にはよく分からないけれど、少なくともパパとママは、ここまでではなかったと思うのだけど。
私との会話で少しばかり元気になったお兄様が出かけて行ったので、私も自分の部屋に戻って買って来たカードを広げた。可愛いペンを選んでいるところにお兄様が帰宅した気配があったので、様子を見に行く。すると、さっきの元気はどこへやら、お兄様は机に顔をつけて落ち込んでいた。本当に、天使様のことになると、別人。
でも、呆れるなんて段階は通り越している。見ていて心底、気の毒で仕方ないのだから。私やコウモリ、その他の使い魔のみんなにはいつもとてもよくしてくれる、お優しいお兄様が、こんなに落ち込んでいるなんて。しかも、私には何の手助けもできない。だからせめて、お兄様が天使様のお家へ行くのに同行しよう。
そう思ってついて来て、もう四日目。バレンタイン当日になってしまった。私の部屋へは魔法ですぐ戻ることができるけれど、ひとりで天使様を待ち続けているお兄様を残したままメッセージを考えるなんて、私にはできない。天使様が早く戻ってきてくれますように、と願いながら、様子を静かに見守るばかりの時間が過ぎる。この数日間でコウモリが教えてくれたことによると、以前にも、お兄様がとことん打ちのめされたことがあったと言う。詳しいことは使い魔の誰も知らないということだけど、そのあと、お兄様は百年間も、どこかに行ってしまっていたそうだ。せっかくお兄様の使い魔になって、結構楽しいかもと思い始めていたのに……百年も会えなくなってしまうなんて、私はいや。だから尚のこと、早く天使様に戻ってきてもらいたい。
そんな願いが功を奏したのか、お兄様が痺れをきらして出て行こうとしたそのときに、天使様が戻って来た。陰から見ていた私たち使い魔も、お兄様と同じようにようやく息をつき、二人が仲良くケーキを食べ始めたのを見届けてから、それぞれの棲み処に帰ったのだった。
「もう……悪魔の立場でパーっと楽しくお祝いできる日って、何かないのかしら」
お兄様のお部屋を魔法で掃除中、手を止めて呟いた私に、可愛いコウモリの一族長が、きき、と鳴いた。『あるにはあるけれども、元人間のダイアナには面白くないと思うよ』。詳しく聞いてみると、本当に何が楽しいのかよく分からなかったので、悪魔的なお祭りに期待するのは諦めることにして、とりあえずは迫っているバレンタインに、限られた相手へカードを贈ることにした。
二月十四日まで、あと少し。お洒落で大人っぽいデザインのカードを見つけて、ウキウキと文具店から帰ってきた私は、机に向かってあからさまに落ち込んでいるお兄様の姿を見つけた。普段はしゃきっとしていて凄くカッコいいのに、今はどんより、カッコよくない。自分のスマートフォンの画面を見つめては、ため息をついている。どうしたのかなんて、尋ねなくても分かる。お兄様の使い魔としては当然のこと。いつも落ち着いているお兄様が感情をあらわにして落ち込むなんて、あの天使様に関することに決まってる。
私が隣に座っても一向に気が付かず、メッセージアプリの画面を指で撫でては大きく息を吐き……これは天使様からの返信が来ないのね、と踏んで話しかけたら、本当にそうだった。それにしても、お兄様の天使様への感情は、ちょっと大き過ぎやしないかしら。そういう経験がないまま使い魔になってしまった私にはよく分からないけれど、少なくともパパとママは、ここまでではなかったと思うのだけど。
私との会話で少しばかり元気になったお兄様が出かけて行ったので、私も自分の部屋に戻って買って来たカードを広げた。可愛いペンを選んでいるところにお兄様が帰宅した気配があったので、様子を見に行く。すると、さっきの元気はどこへやら、お兄様は机に顔をつけて落ち込んでいた。本当に、天使様のことになると、別人。
でも、呆れるなんて段階は通り越している。見ていて心底、気の毒で仕方ないのだから。私やコウモリ、その他の使い魔のみんなにはいつもとてもよくしてくれる、お優しいお兄様が、こんなに落ち込んでいるなんて。しかも、私には何の手助けもできない。だからせめて、お兄様が天使様のお家へ行くのに同行しよう。
そう思ってついて来て、もう四日目。バレンタイン当日になってしまった。私の部屋へは魔法ですぐ戻ることができるけれど、ひとりで天使様を待ち続けているお兄様を残したままメッセージを考えるなんて、私にはできない。天使様が早く戻ってきてくれますように、と願いながら、様子を静かに見守るばかりの時間が過ぎる。この数日間でコウモリが教えてくれたことによると、以前にも、お兄様がとことん打ちのめされたことがあったと言う。詳しいことは使い魔の誰も知らないということだけど、そのあと、お兄様は百年間も、どこかに行ってしまっていたそうだ。せっかくお兄様の使い魔になって、結構楽しいかもと思い始めていたのに……百年も会えなくなってしまうなんて、私はいや。だから尚のこと、早く天使様に戻ってきてもらいたい。
そんな願いが功を奏したのか、お兄様が痺れをきらして出て行こうとしたそのときに、天使様が戻って来た。陰から見ていた私たち使い魔も、お兄様と同じようにようやく息をつき、二人が仲良くケーキを食べ始めたのを見届けてから、それぞれの棲み処に帰ったのだった。