48話 あるエクソシストの執心
目の前で、愛する悪魔は心底愉快そうに笑っている。私に向けられる慈愛に満ちたものとは違うそれは、きっと悪魔としての本性に近い。天使である私が、人間の真心に触れたときに浮かべるそれと同じ……ただし、それとは正反対のものだ。
「こんなに面白いことがあるか? 悪魔祓いが悪魔に師事するなんて。仲間内での冗談でさえ聞いたことがない」
「確かに、なかなか聞いたことのない事例ではあるね。……しかし彼も、軽率と言おうか何と言おうか……」
言葉に窮する私を見て、悪魔はようやく笑いを収めた。
「……すまなかった。あまりにも予想していなかった展開だったものだから、つい」
「いや、悪魔であるお前が、そういう事態を面白がるのは、性質なのだから仕方ないよ。私が心配なのは、マイケルだ。彼はほら、お前も見た通り、猪突猛進だから」
彼が携えていた聖水が気になって小鳥に変身してついて行った私は、倉庫の前で息を呑む彼の様子を見ていた。一般的な人間であれば霧状の悪霊を見ることもあたわないはずだが、素養のある彼には、しっかり見えていたのだ。そして、肝心のところが……悪魔がその霊体に放った脅しの言葉が……そこそこ距離のあったマイケルの耳には、よく届かなかったのだ。
マイケルが悪魔の挙動に見入り、感嘆の息を漏らす様を見ていて、天使であり教会の同僚でもある私は複雑な気持ちだった。彼の純粋な信仰心は、悪魔の非人間的暴力を、奇跡と勘違いしてしまった。喜劇的な悲劇。ただ唯一の救いは、その相手が、目の前の男であると言うことだ。
「なあ、ラブ。お前は、マイケルをどうするつもりなんだ?」
尋ねると、悪魔は「そうだな……」と、頬杖をついた。
「あいつは人間にしては霊的素養があるし、その素養に見合った努力もしている。そして、目指すものが明確だ。つまり、十分、エクソシストを名乗る資格がある」
その技術が俺たちに通用するか否かは別として、と補足して、悪魔の言葉は続く。
「そういう人間が、敵対するはずの悪魔を信用している……この状態は、俺たち悪魔には非常に有利だ。少なくとも、俺個人としては、悪くない状況だと思う。だから、天使サマさえ許してくれるのなら、この関係性を保っておきたい。もちろん、不要な誘惑はしない。あー……あれだけの信仰心の塊を落とすことができたら、かなりの手柄になりそうではあるんだが……、まあ、本来の業務範囲外だから、ご主人サマに文句を言われることもないだろう」
私の表情に気を払いながら、少々名残惜しそうなところもあるものの、悪魔はそう言ってくれた。私はようやく安心して、頷いた。
「分かった。そういうことなら、彼との関係性を許そう。正直言って、彼の熱狂の対象がお前で、助かったとも思っているんだ。他の悪魔に魅入られていたら、どうなっていたことか」
悪魔は、可能な範囲なら手に入るだけの魂を掌中に収めようとする。そのとき、合理的に見て割の合わないことはしない。私の同僚だから手心を加えようなどという判断をできるのは、この男だけだ。
「そう言ってもらえて、俺も助かるよ。ま、あいつは俺の言うことを少しは聞いてくれるようになったから、まとわりつかれることも減るだろうし……これまでと、それほど変わらんだろうさ」
「うん、そうだな。彼をからかうのも、ほどほどにな」
私の言葉に、悪魔は面白そうに笑った。
長く話し込んでしまったので伸びをしながら立ち上がり、何の気なしに、窓際へ向かう。冬の白い空気が街に降りているのを眺めながら、ふと下を見て、私は思わず声を上げてしまった。
「……ラブ、あれ」
「ん?」
隣に立った悪魔は、私が指で示すよりも先に、 路傍 に立つカソック姿を確認したらしい。「あー」と呻きながら、額に手を当てた。
「そうなんだ……一日に一回は会ってやらないと、気が済まないらしいんだ……。それ以外は、素直に言うことを聞いてくれるんだが」
愛する悪魔は、困り果てたようにため息をついた。
「こんなに面白いことがあるか? 悪魔祓いが悪魔に師事するなんて。仲間内での冗談でさえ聞いたことがない」
「確かに、なかなか聞いたことのない事例ではあるね。……しかし彼も、軽率と言おうか何と言おうか……」
言葉に窮する私を見て、悪魔はようやく笑いを収めた。
「……すまなかった。あまりにも予想していなかった展開だったものだから、つい」
「いや、悪魔であるお前が、そういう事態を面白がるのは、性質なのだから仕方ないよ。私が心配なのは、マイケルだ。彼はほら、お前も見た通り、猪突猛進だから」
彼が携えていた聖水が気になって小鳥に変身してついて行った私は、倉庫の前で息を呑む彼の様子を見ていた。一般的な人間であれば霧状の悪霊を見ることもあたわないはずだが、素養のある彼には、しっかり見えていたのだ。そして、肝心のところが……悪魔がその霊体に放った脅しの言葉が……そこそこ距離のあったマイケルの耳には、よく届かなかったのだ。
マイケルが悪魔の挙動に見入り、感嘆の息を漏らす様を見ていて、天使であり教会の同僚でもある私は複雑な気持ちだった。彼の純粋な信仰心は、悪魔の非人間的暴力を、奇跡と勘違いしてしまった。喜劇的な悲劇。ただ唯一の救いは、その相手が、目の前の男であると言うことだ。
「なあ、ラブ。お前は、マイケルをどうするつもりなんだ?」
尋ねると、悪魔は「そうだな……」と、頬杖をついた。
「あいつは人間にしては霊的素養があるし、その素養に見合った努力もしている。そして、目指すものが明確だ。つまり、十分、エクソシストを名乗る資格がある」
その技術が俺たちに通用するか否かは別として、と補足して、悪魔の言葉は続く。
「そういう人間が、敵対するはずの悪魔を信用している……この状態は、俺たち悪魔には非常に有利だ。少なくとも、俺個人としては、悪くない状況だと思う。だから、天使サマさえ許してくれるのなら、この関係性を保っておきたい。もちろん、不要な誘惑はしない。あー……あれだけの信仰心の塊を落とすことができたら、かなりの手柄になりそうではあるんだが……、まあ、本来の業務範囲外だから、ご主人サマに文句を言われることもないだろう」
私の表情に気を払いながら、少々名残惜しそうなところもあるものの、悪魔はそう言ってくれた。私はようやく安心して、頷いた。
「分かった。そういうことなら、彼との関係性を許そう。正直言って、彼の熱狂の対象がお前で、助かったとも思っているんだ。他の悪魔に魅入られていたら、どうなっていたことか」
悪魔は、可能な範囲なら手に入るだけの魂を掌中に収めようとする。そのとき、合理的に見て割の合わないことはしない。私の同僚だから手心を加えようなどという判断をできるのは、この男だけだ。
「そう言ってもらえて、俺も助かるよ。ま、あいつは俺の言うことを少しは聞いてくれるようになったから、まとわりつかれることも減るだろうし……これまでと、それほど変わらんだろうさ」
「うん、そうだな。彼をからかうのも、ほどほどにな」
私の言葉に、悪魔は面白そうに笑った。
長く話し込んでしまったので伸びをしながら立ち上がり、何の気なしに、窓際へ向かう。冬の白い空気が街に降りているのを眺めながら、ふと下を見て、私は思わず声を上げてしまった。
「……ラブ、あれ」
「ん?」
隣に立った悪魔は、私が指で示すよりも先に、
「そうなんだ……一日に一回は会ってやらないと、気が済まないらしいんだ……。それ以外は、素直に言うことを聞いてくれるんだが」
愛する悪魔は、困り果てたようにため息をついた。