46話 初めての初めて
日本には、新年最初の日の出を、ありがたがる習慣があるらしい。そう、教会で働く同僚が話してくれた。クリスマスが終わり、誰も彼もが家にこもって、あとは気の置けない者同士で集まって新年を迎えようという十二月三十一日には、ぴったりの話題だ。
新年のミサの準備をしながら、同僚は言う。
「初日の出とかいうらしい。まあ、その通りのネーミングではあるけど……どうして太陽をありがたがるんだろう」
同僚は首をかしげた。
「うーん、なんでだろう。東洋の神秘だね」
そんな話を、夜、やって来た男にしてみると、彼は当然のように頷いた。
「比較的新しい風習だよな。一年の活力を与える神が日の出と共に現れるとか」
「さすが、お前は何でも知ってるんだな」
私の賛辞に、博識の悪魔はちょっと目を逸らした。
「人間に関する知識は、悪魔なら誰でも全部持ってる。天使だって、そのはずだろう」
「それはそうだけれども、やっぱり長くひとところに留まっていると、別の国の文化形態は、理解しづらくなる傾向があってね。それをお前は、いつでも私に分かりやすいように説明してくれるだろう。そういうことは、ものを知っているだけじゃできない。凄いことだよ」
最近分かってきたことだが、彼が目を逸らしたり、顔を背けたりするのは、おそらく、照れているのだ。どこまでも冷静で落ち着いているように見える彼の感情の機微は、とてもささやかに表れる。
「天使サマ、何を笑ってるんだ?」
「いや、お前はかわいいなあと思って」
「は?」
男は切長の目を見開いた。
「可愛いのは天使サマだろ」
「ははは。しかし、初日の出か。今までそんな風に気にしたことはなかったけれど、なんだか気になってきたな。……見に行ってみようか」
「ひとりでか?」
男のとぼけた問いかけに、私は首を振る。
「そんな訳ないだろう」
「そうか、それならよかった」
満足げに笑って立ち上がり、男は私に手を差し出した。
「日の出にはちょっと早いが、静かな海辺で年を越すのもいいだろう」
「うん」
それがいつ、どこであろうと、隣にこの男がいるのならば、何の余計も不足もない。しかし、新しく始まる年の、その始まりを……初めての初日の出、初めての初めてを、共に迎えられるなんて、なんて幸せなことだろう。
「そうか、ラブ。私は、どうして初日の出がありがたがられるのか、少し分かった気がするよ」
並んで扉に向かいながら言うと、男は首を傾げた。
「だから、それは……」
「いや、お前が教えてくれたのとはまた、違う次元での話だよ。一緒に見たら分かるさ」
悪魔は尚も不思議そうではあるが、「そうか」と笑った。
「なんだか俺も、楽しみになってきたな」
「それはよかった。じゃあ、行こうか」
部屋の扉を閉め、私たちは、まだ暗い、星さえ見えないような空の下に出た。海を眩く染める太陽の色を、それに照らされる愛する者の姿を思い浮かべながら、文字通りに、飛び立つ。
新年のミサの準備をしながら、同僚は言う。
「初日の出とかいうらしい。まあ、その通りのネーミングではあるけど……どうして太陽をありがたがるんだろう」
同僚は首をかしげた。
「うーん、なんでだろう。東洋の神秘だね」
そんな話を、夜、やって来た男にしてみると、彼は当然のように頷いた。
「比較的新しい風習だよな。一年の活力を与える神が日の出と共に現れるとか」
「さすが、お前は何でも知ってるんだな」
私の賛辞に、博識の悪魔はちょっと目を逸らした。
「人間に関する知識は、悪魔なら誰でも全部持ってる。天使だって、そのはずだろう」
「それはそうだけれども、やっぱり長くひとところに留まっていると、別の国の文化形態は、理解しづらくなる傾向があってね。それをお前は、いつでも私に分かりやすいように説明してくれるだろう。そういうことは、ものを知っているだけじゃできない。凄いことだよ」
最近分かってきたことだが、彼が目を逸らしたり、顔を背けたりするのは、おそらく、照れているのだ。どこまでも冷静で落ち着いているように見える彼の感情の機微は、とてもささやかに表れる。
「天使サマ、何を笑ってるんだ?」
「いや、お前はかわいいなあと思って」
「は?」
男は切長の目を見開いた。
「可愛いのは天使サマだろ」
「ははは。しかし、初日の出か。今までそんな風に気にしたことはなかったけれど、なんだか気になってきたな。……見に行ってみようか」
「ひとりでか?」
男のとぼけた問いかけに、私は首を振る。
「そんな訳ないだろう」
「そうか、それならよかった」
満足げに笑って立ち上がり、男は私に手を差し出した。
「日の出にはちょっと早いが、静かな海辺で年を越すのもいいだろう」
「うん」
それがいつ、どこであろうと、隣にこの男がいるのならば、何の余計も不足もない。しかし、新しく始まる年の、その始まりを……初めての初日の出、初めての初めてを、共に迎えられるなんて、なんて幸せなことだろう。
「そうか、ラブ。私は、どうして初日の出がありがたがられるのか、少し分かった気がするよ」
並んで扉に向かいながら言うと、男は首を傾げた。
「だから、それは……」
「いや、お前が教えてくれたのとはまた、違う次元での話だよ。一緒に見たら分かるさ」
悪魔は尚も不思議そうではあるが、「そうか」と笑った。
「なんだか俺も、楽しみになってきたな」
「それはよかった。じゃあ、行こうか」
部屋の扉を閉め、私たちは、まだ暗い、星さえ見えないような空の下に出た。海を眩く染める太陽の色を、それに照らされる愛する者の姿を思い浮かべながら、文字通りに、飛び立つ。