5話 十二月二十五日は外に出ない

 悪魔が聖性のものに敏感なように、天使も本来、魔性のものに敏感だ。だが現在、その精度は悪魔のそれにはるかに劣る。なぜなら、人間は聖性より魔性の要素を多く含むからだ。真に魔性の存在である悪魔が割合簡単に人の中に混じることができるのは、そういう理由による。更に、人間を誘惑するために本来の性質を抑え込んでいる間、悪魔の肉体はよほど攻撃的な状態に無い限り、殆ど人間と変わりない。それは天使に余計な介入を許さないためだが、今回ばかりはその逆だった。
 目覚めたおれは、自分が真に聖性の存在に助けられたことをすぐに悟った。エンジェルという若者は、名前通りに天使なのだ。
「目覚めましたね。ご気分はどうですか」
 穏やかに尋ねるエンジェルに、最悪だ、と答えたい気持ちを堪えて、おれはどうにか笑顔を作った。
「良くなりました。ありがとうございます」
「それは良かった。しかし、貴方には本当に嫌な思いをさせましたね。あの男には然るべき処置をしますから、安心してください」
 どうやら、エンジェルは地方に派遣される、教会の視察役らしかった。あの司祭のような下衆……いや、悪魔からすれば模範的に人間らしい優等生なのだが……の所業を正し、教会を浄化していく役目は、まさしく天使にうってつけのものだろう。
 おれの表情を何と取ったか、エンジェルは励ますような笑みを浮かべた。
「教会は、あの男のような者ばかりではありません。どうかこれからも、信仰を大切にしてくださいね」
 あまりにも皮肉な言葉だったが、なぜか、おれは素直に頷いてしまった。その天使の言葉に、些かの嘘も誇張も無いことが理解できてしまったからかもしれない。天使は人間の善性を信じる。全く純粋に。目の前で少女の人間性を踏みつけにしようとした人間を見ても、なお。
 非力な人間の少女として相対して初めて、天使が眩しく見えた。
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