41話 treat and treat
ハロウィン当日、俺は天使と並んで、小さな書店の店先に陣取った。この国のハロウィンはあくまで子供が主役なので、天使も俺も、特に仮装などはしない。ただ、書店の主人の要請で、胸元にカボチャのバッジを付けさせられたのには閉口した。しかし、天使とともに過ごせるのだから、文句など言う気にはならない。
「まさかお前も、ここの主人と懇意だったなんてね。ふふ、奇跡的な偶然だな」
子供に配る菓子が入ったカラフルなケースを運びながら、天使が嬉しそうに言う。俺も持参した菓子を足下に広げつつ答える。
「ああ。お前に振られてから、連絡が入ってな。まさか同じ書店だったとは」
天使は俺の言葉をまったく疑わず、にこにこと準備を進める。夕暮れの赤い光がどんどん小さくなり、あちらこちらから子供たちの元気な声が響き始めた。
「トリックオアトリート!」
すぐ後ろから聞こえた声に振り返ると、作り物の悪魔の耳と尻尾を付けた、ダイアナが立っていた。今日は夜から外出許可を出していたのを、すっかり忘れていた。俺の後ろから、天使が楽しそうに声を上げる。
「おや、君はたしかダイアナちゃんだったね。耳と尻尾、ぴったり似合っているよ」
天使の言葉に照れながら、ダイアナはその場でくるりとターンした。赤いスカートがひらひら揺れる。背中にも、小さな翼の飾りを付けているのが分かった。
「えへへ。見て見て、お兄様。この翼もキュートでしょう」
「ああ。しかし翼ならそんな物付けなくても、自前ので十分だろう」
ダイアナには、小さいながらも立派な黒い羽根が付いているはずだ。しかしダイアナは、ぷうと頰を膨らませた。
「そういう問題じゃないの」
「あはは。まあ、人間の前で正体を表すわけにもいかないだろう。さあダイアナちゃん、好きなお菓子を選んで」
「わあ! 天使様、ありがとうございます」
天使に差し出されたロリポップを早速、口に含んで、ダイアナは上機嫌になって去って行く。
「あの調子だと、あいつの部屋は今晩、菓子だらけになるな」
「ふふ。お前のところには可愛い使い魔がたくさんいていいな。ダイアナちゃんも、楽しそうでよかった」
ダイアナの後ろ姿を見送る青い瞳には、慈愛の光が満ちている。悪魔と契約して使い魔になった、元人間の少女、なんてものにまで、そんな眼差しを向ける天使は他にいまい。
「さあ、ラブ。これからが本番だ。たくさんの子供たちが笑顔になれるよう、頑張ろう」
「ああ、そうだな」
正直言って子供の笑顔なんざどうでもいいのだが、張り切る天使は微笑ましい。天使とともに書店を手伝うという提案をしたダイアナに感謝していると、「ところで……」という声がした。見ると天使は、先ほどダイアナが付けていたような悪魔の耳と尻尾を付けて、俺を見上げていた。
「子供たちが来る前に、私も言っておこうかなと思って。トリックオアトリート!」
あまりに神聖すぎる悪魔姿と笑顔に、俺の意識はそこで途切れた。
「まさかお前も、ここの主人と懇意だったなんてね。ふふ、奇跡的な偶然だな」
子供に配る菓子が入ったカラフルなケースを運びながら、天使が嬉しそうに言う。俺も持参した菓子を足下に広げつつ答える。
「ああ。お前に振られてから、連絡が入ってな。まさか同じ書店だったとは」
天使は俺の言葉をまったく疑わず、にこにこと準備を進める。夕暮れの赤い光がどんどん小さくなり、あちらこちらから子供たちの元気な声が響き始めた。
「トリックオアトリート!」
すぐ後ろから聞こえた声に振り返ると、作り物の悪魔の耳と尻尾を付けた、ダイアナが立っていた。今日は夜から外出許可を出していたのを、すっかり忘れていた。俺の後ろから、天使が楽しそうに声を上げる。
「おや、君はたしかダイアナちゃんだったね。耳と尻尾、ぴったり似合っているよ」
天使の言葉に照れながら、ダイアナはその場でくるりとターンした。赤いスカートがひらひら揺れる。背中にも、小さな翼の飾りを付けているのが分かった。
「えへへ。見て見て、お兄様。この翼もキュートでしょう」
「ああ。しかし翼ならそんな物付けなくても、自前ので十分だろう」
ダイアナには、小さいながらも立派な黒い羽根が付いているはずだ。しかしダイアナは、ぷうと頰を膨らませた。
「そういう問題じゃないの」
「あはは。まあ、人間の前で正体を表すわけにもいかないだろう。さあダイアナちゃん、好きなお菓子を選んで」
「わあ! 天使様、ありがとうございます」
天使に差し出されたロリポップを早速、口に含んで、ダイアナは上機嫌になって去って行く。
「あの調子だと、あいつの部屋は今晩、菓子だらけになるな」
「ふふ。お前のところには可愛い使い魔がたくさんいていいな。ダイアナちゃんも、楽しそうでよかった」
ダイアナの後ろ姿を見送る青い瞳には、慈愛の光が満ちている。悪魔と契約して使い魔になった、元人間の少女、なんてものにまで、そんな眼差しを向ける天使は他にいまい。
「さあ、ラブ。これからが本番だ。たくさんの子供たちが笑顔になれるよう、頑張ろう」
「ああ、そうだな」
正直言って子供の笑顔なんざどうでもいいのだが、張り切る天使は微笑ましい。天使とともに書店を手伝うという提案をしたダイアナに感謝していると、「ところで……」という声がした。見ると天使は、先ほどダイアナが付けていたような悪魔の耳と尻尾を付けて、俺を見上げていた。
「子供たちが来る前に、私も言っておこうかなと思って。トリックオアトリート!」
あまりに神聖すぎる悪魔姿と笑顔に、俺の意識はそこで途切れた。